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ナラタージュ

「君には最後まで迷惑をかけてしまうな」 (文庫版 p.385)

ようやく読了しました。 って、未だ半分ぐらいしか読んでいない段階で紹介記事を書いてしまったDILIですw。
普通の小説なら数時間で読み終えるところを、今回は少々てこずりました。
描写がとても丁寧で、読んでいる間 右脳がフル回転していて、見透かされた心が疲労し、ベッドで横になっていたら10ページも読み進まないうちに気を失ってしまうのです。

この小説を読み終えた今、人間って、他人の心の痛みを感じないままで生きているのかもしれないということと、自分の心の痛みにも案外気付いていないのかなと感じたのです。
わからないからこそ、何かでバランスをとることはあっても、前を向くことが大切なのでしょう。
葉山先生♂の発言は第三者から見ればとんでもないもので、でも、私は主人公の泉♀に感情移入して読み進めてしまったので、盲目になってしまっていました。

登場した人たち、皆が最初は恋ではありませんでした。
人の心って面白い。
ある時期、様々な形の恋があって、その形で永遠なものはなにひとつなく、形を変えて、やたら残るのです。
私はこの小説を読んだ長い束の間、若い頃の感傷に浸りました。
今は、若さは憧れでしか無いのでしょうか。



さてと、二順目は小野君の立場で読んでみようかなw。

ナラタージュ : 映画などで、主人公が回想の形で過去の出来事を物語ること

雷(ナラタージュ)

今週の私は仕事に集中していました。
一年間の業務の成果をまとめ、論文を執筆していたのです。
なんだかなぁ・・・

この一年余りの間、私はブログで駄文を世界に公開していました。
読み手が何かしら心を揺さぶられるような文章を書きたいと思っていました・・・


「ナラタージュ」島本理生ところが、私は、見てしまったのです。

この人には、遥か昔に会ったことがある気がしました。
私とは世代も場所もかけ離れていたので、現実に会った訳は無いのですが、何故かそのような気持ちになりました。

書店に平積みになっていたその恋愛小説を何気なく手に取り購入したのです。
読んでみて、私は言葉を失いました。
文中で交わされる会話、状況の描写、構成、当時若干21歳の女流作家の文章に、私は心を鷲掴みにされてしまいました。

『こういう文章があるんだ』

この文章の存在を知ってしまって、私は文章を書くことができなくなりました。
私の脳内では、ちょっとおバカな3人が踊り始めました。

あれは、私が高校1年生だった頃。
入学間もない4月、二週間後に転居を控え、少し長い時間をかけて電車通学していました。
○○駅16:02発の××行き普通電車。乗車して2つ目の駅の前には、付属幼~高のある某女子大があります。
私は、その駅からその電車に乗ってくる、たぶん同学年の生徒に憧れました。もちろん、声を掛けるなんてできるはずもなく、ちらりと見てるだけでした。
今回、雷に打たれて、幼稚園の頃の初恋にしても、高校1年の一目惚れにしても、妻にしても、タイプが似ていることに初めて思い至ったのです。

『人の心を動かす文章って、こういうものなのかな』


身の丈で生きていくべきなのでしょう。
無理なものは望むべきではありません。
受け手としての感性が重要であって、書く側はウケを意識することなく淡々と記事を書いていればいいのだなと思いました。


なお、論文投稿規定によれば、句読点は「,」と「.」を使うことになっています。
出来上がった文章には、日本語の美しさを感じとることはできませんでした。

お伽草紙

ムカシムカシノオ話ヨ。

場所はどこだったのでしょうか。私は おにぎりを転がしてしまいました。
ヘタこいたぁ~。

気がつくと、そこは雀のお宿。
HPとMPは、回復していました。

雀「おじぎり、たいへんおいしゅうございました。おれいに、つづらをさしあげます」
大きいつづらと、小さいつづら。両方くれると言うので、私はそれらを持ち帰りました。

中に最初、何が入っていたかは、忘れてしまったんだな、これが。
でも、現在、異様に年を取っている訳ではないので煙が出てきたのではなく、さほど裕福でもないので大判小判が出てきたのでも無いのだと思います。

空になったつづらは、物を入れておくのに丁度良い大きさでした。
今も、大切に愛用しています。

大きいつづらには、仕事、家庭、友達、ブログ、小遣い、お酒、音楽、スポーツなど、日頃使っている物が沢山入っています。
喜怒哀楽や、愛、平和、希望、情熱、叱咤、冷酷なども、何時でも取り出せる状態にしています。

一方、小さいつづら。
こちらは、中に何を入れたのかもさえ忘れ去るという封印の箱なのです。


むかし、とある海岸で、近所のお子達がウミガメをいぢめていました。
私は、「これこれ、カメを苛めるでない。私のカピバラさんをあげるので、カメを放してやりなさい。」
お子達は、カピバラさんの方を苛めはじめました。
「これこれ、赤カピバラ茶カピパパ黄パピバパ・・・・」
私が台本のセリフを噛んでいるうちに、お子達は、逃げるカピバラさんを追って、どこかへ去っていきました。

カメは、「あぶないところをたすけていただき、ありがとうございました。おれいに、りゅうぐうじょうへごあんないします。」
私を背中に乗せたカメは、海の中へ入っていったのですが、しばらくして、私は海中で呼吸の出来ないことに気付き、慌てて海上に浮かび上がったのです。

あぶな~。もうちょっとで溺れるところだった。
「ぼく、ドザえもんです」チャッチャカチャッチャッチャ~チャ~チャ~ァ♪


先週、絵にも描けないような美しい娘さんが、我が家を尋ねてきました。
家に上げると、娘さんは「決して障子を開けないで下さい」と言ったきり奥の部屋に閉じこもり、何やら作業を始めました。

あくる朝、娘さんは亀の甲羅を手に、すこしやつれて部屋から出てきました。
わかりやすっ。

聞けば、亀甲占いをしてくれたようで。
「牡羊座 12位。気持ちの不安定な一日。不幸がふりかかる恐れがあるので、要因となりそうなものは遠ざけましょう。」だそうです。
大きなお世話です。

わざわざ恩返しに来てくれたようなので、感謝の意を述べたところ、娘さんの姿を借りたカメは、満足してどこかへ帰って行きました。
娘さんに姿を変えたカメが帰った部屋を見ると、なんと、部屋の中にあった小さいつづらの封印が剥がされていました。


封印のつづらの中には、忘れてしまいたいことに加え、恋、拒絶、良心なども入れていました。
多くのものは、入れたままの状態でつづらの中に収まっていましたが、ただ、一つの記憶について、カメがいじくり回した形跡がありました。

カメは、私に伝えようとしていたのです。
でも、既に終わったことについて、気付いている真実と同じことをこれが真相と告げられても、そこから私は何を得ることができるのでしょう。
封印が剥がされて、中のものが出てきそうになっだけです。


今日の記事からわかること。
私のなかの小さなつづら。そこから「恋」が漏れ出てくることはありません。従って、私は決して「惚れっぽい」人間ではありません。
そして、私がこの2日間、集中できなかった理由。うまく表現できませんでしたが。

お節介 つづらのなかの良心が 姿を変えて 漏れ出ずるもの

「流☆ワゴン」

流星ワゴン

講談社文庫 『流星ワゴン』 重松清 著

昨年夏、旅先に立ち寄った書店で見つけ、いつか読みたいと思っていた本。
直木賞受賞作家の小説を、久々に読みました。

「もう、死んでもいいのかなぁ」と考えた主人公が乗り込んだのは、5年前に交通事故で死亡した親子の乗るワゴン車。
人生の岐路となった、過去の大切な場所を巡って行きます。

随所に明るさと希望はあるのですが、哀しい物語でした。

物語では、現在までに起こってしまったものは変えられないし、それを思い知ることにより、登場した人達に後悔はありませんでした。
でも、未来は自分の力で切り開いて行くべきものなのでしょう。

あとがき

閉まらずの踏切が閉まってました

ショートショートを書いてみたかったのですが。


その日は、朝から雨が降っていたので、山に登ることは止めることとしました。
昼間を一人で過ごすのは、久しぶりの経験でした。
旅の始まりのおみくじは「凶」。本音を隠していては、運は開けないって。

3/25からの4日間の記事は、気持ちの漏えいのままに綴った日記ですので、はしょった部分はつながりが悪くなっています。
ブログでは、ある一日のうちに、私の脳内を巡ったことの一部を紹介しました。
これからは、春の、昼と夜とが同じ長さの日を「妄想の日」とし、国民の休日にしたいと思います。

終章 〔未来へ〕

江本孟紀氏
1947年、高知県に生まれる。
1970年、プロ野球球団 東映フライヤーズに入団。以降、南海ホークス(1971)、阪神タイガース(1975)に移籍し、1981年、「ベンチがアホやから野球がでけへん」発言、同年引退。
1992年の参議院議員選挙において、「スポーツ平和党」から比例代表で出馬、初当選。所属政党を変えながらも2期12年、議員生活を続けた。

「ベンチがアホやから・・・」は、記者の捏造とされていますが、私にはこの言葉の気持ちが良くわかります。
そして、アントニオ猪木氏が興したスポーツ平和党。党の精神は、「スポーツを通じて世界平和」。



草木が眠りにつき始めた頃、わたしは一抹の不安に苛まれました。
「今の仕事の進め方で良い訳が無い」、と。

確かに「聞くだけ」なのですが、それでも今の上司は、私のたわごとを聞いてくれます。
でも、「聞くだけ」なので、会社の発展について議論をし、理想の会社像を求めて手段に展開し、皆でその方向に向かって突き進む、そういう姿からは程遠い仕事の進め方をしています。
ところが、近い将来、上司が異動になる可能性が極めて高くて、後任に誰が来ようが、うちの職場は180度の転換を強いられることとなるのでしょう。そう考えた場合、この数年間、バカは相手にせず、楽しみながら自分の仕事に取り組み、職場の活性化を願って行動し、「元気」に日々を過ごしてきたこと。それは多分、他の部署では通用しないことなのでしょう。
おまけに、自分には何も力が無いことも、思い知らされました。
数年間を無駄に過ごし、取り残された敗残兵の気分です。

落とし穴でした。

この数年間、私は、業務に関連する多くの専門知識を勉強してきました。本来上司がすべき仕事までも奪い取って、結果だけを報告してきました。社内で過去に何があったとか、他の部署が何をしているかということも、誰よりも良く知っていると思っています。単に、長く居るだけなのですが。

私は、落とし穴から外へ出ることとします。
今の体制での残された期間、本当の仕事をしてみたいと思っています。そして、何を行動して行くかは、新体制となってから。
世界平和への道のりは、天竺までのそれよりも遠いのです。

(完)

第三章 〔亀〕

今日の私は、どうぶつ高校の二年生(うっ・・・無理が ある)


あるひ、となりのクラスに、カメさんというおんなのこがてんこうしてきました。
カメさんは、がっこうしていのすてきなセーラーこうらをきて、いつもひとりでとうげこうし、やすみじかんもいつもひとりですごしていました。
そして、ときにものおもいにふけるひょうじょうをみせるのでした。
カメさんはおとなしくて、クラスにとけこめないでいるようでした。

あるあさ、わたしはカメさんにこえをかけました。
なんでもないひとことをかわしただけなのですが、そのひ、いちにち、わたしはいつになくべんきょうにみがはいりました。
わたしはそのころ、あまりめだたないそんざいだったのですが、おおぜいのわのなかにはいってにこにこわらっていることがすきでした。
ともだちはそれほどおおくもなく、すくなくもなくなのでした。

しばらくしたあるひ、ごうどうおおそうじたいかいがありました。
かくクラスがごちゃまぜになり、ぶんたんをきめてこうないのせいそうをおこなう、いちだいイベントです。
そのとき、カメさんとわたしとは、いっしょにえんけいかだんのくさむしりとうばんになり、はじめてまとまったはなしをすることができたのです。
かいわをとおして、カメさんがとてもじゅんすいないいこであることがわたしにはわかりました。

カメさんは、がっこうがたのしくないようにみえました。
ほんとはあかるくてすなおなこなので、わたしは、カメさんがもっとがくえんせいかつをたのしめないかとかんがえるようになりました。
そこで、カメさんと、カメさんのとなりのせきのウサギさんをさそって、わたしのあくゆうとともに4にんで、ちゃーしばきにいくことをけいかくしました。
ウサギさんに、カメさんってこんなひとってみてもらって、ウサギさんにカメさんのしんゆうになってもらおうとおもったのでした。

けいかくはまんまとせいこうし、カメさんとウサギさんはなかよくなり、カメさんがえがおでいるじかんがふえたのでした。
そんなあるひ、わたしはぐうぜん、みてはいけないものをみてしまったのです。
カメさんのむなもとに、あげはちょうのかたちのくろいあざがあることを。
このあざのために、カメさんはどことなくくらいふんいきがあったのではないかとおもいいたったのです。

あざは、しみんびょういんへいけば、あとかたもなくけしてもらえることをしりました。
カメさんにはしあわせになるけんりがあり、あざがなくなれば、カメさんにしあわせがおとずれるものとおもっていました。
でも、しゅじゅつをするには、たがくのおかねがいります。
そのようなことには、かかわらないほうがよいとかんがえつつも、なにかできないかとじもんするひびがつづきました。

わたしはウサギさんに、カメさんのことについてそうだんをもちかけました。
ウサギさんは、わたしにむかって、そのようなことはかんしょうすべきではないといいました。
わたしはすべてをなっとくし、ウサギさんのいったとおりにしました。
ところがそのひのよる、ウサギさんは、カメさんにそのことをつたえたのです。

そこでもんだいになったのは、カメさんのしあわせについてではなく、なぜわたしがそのようなことをカメさんのともだちであるウサギさんにはなしたのかということでした。
じたいをしゅうしゅうするために、わたしはカメさんにとってもっともふたんとならないみちをえらぶこととしました。
それから、わたしはカメさんとはひとこともしゃべらなくなりました。
なぜこんなことになったのかわからないまま、だれのせいにすることもなく、わたしはじぶんのむりょくををせめつづけたのです。



あるひ、となりのクラスに、リスくんというおとこのこがてんこうしてきました。
リスくんは、がっこうしていのすてきなけがわのガクランをきて、いつもひとりでとうげこうし、やすみじかんもいつもひとりですごしていました。
そして、ときにものおもいにふけるひょうじょうをみせるのでした。
リスくんはおとなしくて、クラスにとけこめないでいるようでした・・・・



はんとしあまりがたち、ぐうぜんわがやをおとずれたこびとが、まほうでかこをきれいさっぱりながしてくれました。

さらにすうかげつご、カメさんのおかあさんのかみに、しろいものがめだってきたのをみたとき、わたしはカメさんがしあわせになったことをかくしんしました。

すべてのことはすべてのもののしあわせのために。


高校を卒業し、数年が経ち、私は街で兎さんの幼馴染と偶然に会い、しばらく話し込んだのです。
その時、ちょっと面白い話がありました。
「兎がまだ幼稚園に入る前、近所に住む亀と、山の麓まで駆けっこをし、そのとき昼寝をしてしまった兎は、歩みの遅い亀に負けたことがあった。それが幼時体験となり、兎は亀族が生理的に嫌いになった。それ以降、亀族を見かけると苛めてしまう、いじめっ子だった。」

(次回、最終章。明日、22時に公開予定。)

第二章 〔象〕

(中途半端な終り方をした昨日のつづき)
記事にするつもりは無かったのですが、先日読んだ小説の感想文。

夢をかなえるゾウ夢をかなえるゾウ」水野敬也 著 飛鳥新社 刊

著者は1976年生まれ。大学在学中に東京の繁華街の路上で、1分100円で人をホメちぎる「ホメ殺し屋」を始め、その後執筆活動を開始したとのことです。
本書は、若くして夢をなくし自分を変えたいと願うサラリーマンの前に現れた関西弁のゾウの神様が、夢をかなえるために1日に1つの課題を出してゆくというもの。テレビドラマにもなる・・・らしい。

課題とは、
[靴をみがく]・・・自分の商売道具を大切にする
[募金をする]・・・人を喜ばせたい気持ちを大きくする
[食事は腹八分]・・・自分をコントロールすることを楽しむ
[人が欲しがっているものを先取りする] 等

これらの課題が、俗にまみれきったような神様の口から、ユーモアに溢れた口調で出てきます。巻末には、内外の偉人伝や成功書が参考文献として並べてありました。
あくまでも娯楽小説なのですが、それぞれに共感できる教訓が述べられています。
途中まで読み進んで行くうちに、私が心掛けていることが多くありました。
「会った人を笑わせる」、「その日頑張れた自分をホメる」、「運が良いと口に出して言う」、「誰か一人のいいところを見つけてホメる」。
私は、自分の言動が周囲にどう写っているのか不安な気持ちを持ち続けていましたが、少し救われた気になりました。

しかしながら、全体の2/3を読んだところで、この小説が違った展開を見せます。これだけではなかったのでした。
ガネーシャという名前のゾウは、
「・・・そうやって人は生きていくねん。未来に期待して生きていくねん。期待が無くなったら絶望してしまうからなぁ」
と、言ったあと、
「けどなぁ・・・・・・期待しているかぎり、現実を変える力は持てへんのやで」
そして、ガネーシャの体が薄く消えかかってきたのでした。

これまで毎日、多くの言いつけを守り、夢に近づいてきたと思っていたのが、実はまだ出発点にも立っていない、しかも、その主の存在が消える日が遠くないことがわかったのです。

次に書いてあったのは、「自分を変えるには決断と行動が大切」ということでした。
そして、消えるまでの「最後の課題」として、「周囲からの応援」、「周囲への愛」、「感謝」など。
「やりたいこと」は「考える」のではなくて、いろんなことを「体感」することによりその中から見つかるもの。


私の目標は、「世界平和」。
その実現のための行動は、何も起こしていません。
ちょっと範囲を狭めて、「周囲の人々が幸せであること」としても、それに向けて何かしているかというと、何もしていません。
お節介にしても、するべきではない場合の方が、多くありそうです。余程状況を見極めたうえでなければ、要らぬ節介となってしまいます。
他の人はどう感じているのでしょうか。私が行動に移さないのは、「愛されていることが実感できない」からなのです。周囲への愛は、いつも気前良くなのですが、常に一方通行であるという感覚に支配されてしまいます。

頑張っている人は、見ているだけで元気をもらえるのですけどね。

(つづく)

序章 〔神〕

そんごくうは、わがままのかぎりをつくしていましたが、あるとき、おしゃかさまにおせっきょうをくらいました。


孫悟空は遙か遠い距離を飛び、世界の果てにある柱にサインをして戻ってきました。五本の柱と思ったのは、お釈迦様の指であり、掌から出ることはなかったとされたのです。その後改心し、三蔵法師の天竺への旅のお供をする事になりました。

この時、筋斗雲はとても速く飛行していたはずです。お釈迦様の掌が、筋斗雲の先回りをしたのか、悟空が銀河宇宙を何周かして元に戻っていたのかは分かりません。柱への道中、いろんな落とし穴があったことかと思われますが、筋斗雲に守られていた悟空は振り落とされることはありませんでした。短時間の遠くまでの旅を終えて五本の柱の前に立ったとき、それが落とし穴であることには気づきませんでした。
岩に閉じ込められ、頭にわっかを付けて救い出された後、三蔵法師と妖怪を伴ったその後の旅でも、多くの落とし穴が4人と馬を引き込んだのです。


世間一般の男子がそうであるように、私は物作りに憧れていました。
今の仕事は、どちらかというと作るより使う方、生産よりも消費型の業務に近いのかもしれません。
今日の舞台は、天上の世界です。

ある、3級神がいました。
彼は、自分では生産活動をせずに、部下である4~6級神の手柄は全て自分のものに、自分の恥は全て部下のものにします。
勉強もせず、他神の話も聞かないので、頭の中には独りよがりで構築した押し付けがましい世界観しかなく、考え方が大幅にずれています。

私は黙々と業務をこなしていました。
天上の世界には、多くの国という集団があります。そこでは、地上生命体の福や貧乏を司る神様や、地球上と同じように、官公庁や企業、商店があって、酪農、漁業等、いろんな神が自らの国の繁栄を願って働いています。
私は、勤め人です。我々の部署の業務は、生産型というよりも、種々の情報を収集してそれに付加価値を付けて販売する、付加価値を付けるに当たって、リソースの最適配分の観点から、必要に応じて外部の頭脳を導入する、消費型の業務なのです。

彼には周囲が見えておらず、狭い思いつきで周囲を振り回していたので、その部署がマーケットインとは程遠い、この世界の発展に寄与していないことは感じていました。
私は今からそれほど遠くない昔、ここのモチベーションが低いことや、我々の能力や可能性、神としてすべきこと等、具体策を交えながら彼に意見をしました。
結果は、何も変わりませんでした。自身の頭で考えることは無く、成り行き任せが続きました。
そのとき私は、見切ったのです。
ところがただひとつ、この「自分さえ良ければよい」という考えに、興味を持ってしまったのです。

人は、自分の感性を磨き、視野を広め、いろんな考えを取捨選択し、そのうえで自分を中心に考える生き物だと思います。周囲の人の幸福を第一義に考えていたとしても、考えるのは自分自身であり、それは当然のことですし、これは自己中でも何でもありません。
社会のなかで、人を尊敬し、人と関わりあうことは、自分の見識を広げる意味でも大切なことだと思います。
しかしながら私は、「自分さえ良ければよい」って、どんなものだろうと思い、試してみることとしました。
それからの2ヶ月の間、私は多くの者と喋りまくりました。
相手に気を遣うことなく、好き勝手喋っていれば良いので、とても楽でした。そして、ひとときを過ごした者が、翌日を前向きに生きる気持ちを受け取ってもらえたら良いと思ってました。
でも、自己中神の気持ちが少し分かり、自己中神の世界に少し近づき、私の性に合わないことを感じ、「明るさ」だけを残してお試し期間を終わったのです。
女神さまとの合コンも、いくつかのものを得ていくつかのものを失いつつ、この時期限りのものでした。

以降の私は、周囲がドン引きになろうが何しようが、明るく元気に日々を過ごすようになりました。そのせいかどうかはわかりませんが、職場も明るくなってきたような気がしています。
また、ブログのなかでテーマとしている元気や笑いも、この頃に私の中に明確になったものだと思います。

ところが、最近になって、これが落とし穴であったことの可能性に気付いたのでした。

(つづく)

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関西在住。平日は北陸方面で単身赴任中。
息子は、父の影響で大の鉄道好き。
用事が無くても電車に乗る。

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