スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

題詠2009鑑賞(002:一日)

「002:一日」(TB~233)の凄い一首。

002:一日(さや) (ふかふかの日々をふかふかと共に)
教団の入りたいのね?八月の一日は仕事休めますわね?

「教団」に付く助詞は「に」とか「へ」を使うところでしょうが、「の」で「入りたいのね?」と続くのは文法上は適切ではないと言えるでしょう。それでもあえて使った「の」の一文字から、怪しさと恥じらいと可愛さと一途さ、現在に対する不安と将来に対する不安、これらのものが感じ取れるのです。
さお竹売りや金魚売りの声のような、「日常の中の非日常に対する郷愁」といったものでしょうか。

以前、日本の至る所で陽気な外人が自転車を乗り回し、
「チョット、イイデスカァ?、アナタワ、神オ、信ジマスカァ?」
と、声を掛けていました。
この常套句、日本語としては怪しいものですが、文法上の誤りはありません。
日本で生活して数年経つ人は、日常会話に支障の無い日本語を喋ります。不特定多数の人に対して「教団の入りませんか?」と勧誘する人は居らず、このことからもこの短歌は想像の産物と思えるのです。
ところが、多くの外国人は、日本語の会話は出来ても読み書きを苦手としています。私信やメールなどでは文法の誤った記述がいくらでもあり、その面からもこの短歌であえて「の」を選んだことは、口語体短歌への反発と言えることができると思うのです。

私は短歌を読む時、一回目は標準語、二回目を大阪弁のイントネーションで、一首で二度楽しむこととしています。ところがこの歌は、いきなりアジア娘のイントネーションでした。
上の句の五・七は、
「教団の(ありがたい教えがあなたの脳ミソの最初は片隅に)入りませんか?」
とでも解釈すればよいのでしょうか。
上の句で思考停止状態になった私にとって、下の句はどうでも良かったのです。もう、八月一日は何があっても仕事を休むことに決めました(今年は土曜日ですけどw)。これが、洗脳というものなのでしょう。
(でも、日帰りで帰ってくることができるのでしょうか?)

いろいろと書いてきましたが、ひとつの可能性として否定出来ないのは、この短歌が偶然の産物かもしれないということです。ローマ字入力時に、「に」と打つところを[i]の隣の[o]のキーを押して「の」になってしまったのかもしれません。しかしながら、この「指先のご褒美」というか、「ちょっとした遊び心」をそのまま作品とすることを選んだ感性に、必然であれ偶然であれ心を動かされた一首でした。

感覚では理解できなくて感覚でなければ理解できない、ちょっと見かけないような、それでいて心の散歩にはちょうど良い、この作品はそのような秀作であると思います。
スポンサーサイト

Secre

Blog Ranking
短歌フリーペーパー『うたらば』
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
FC2カウンター
キリ番報告
40000キリ番の方→こちら
最近のエントリ
最近のコメント
カテゴリー
最近のトラックバック
リンク
World-Word-翻訳
英語English
韓国語 한국어
中国語 中文
フランス語 Franc,ais
ドイツ語 Deutsch
Present's by サンエタ
英語English
韓国語 한국어
中国語 中文
フランス語 Franc,ais
ドイツ語 Deutsch
Present's by サンエタ
月別アーカイブ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

DILI

Author:DILI
関西在住。平日は北陸方面で単身赴任中。
息子は、父の影響で大の鉄道好き。
用事が無くても電車に乗る。

ブログ内検索
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。