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誰にも話したことのない話

小学校4年生ぐらいの頃だったのでしょうか、私の名前が新聞に載ったことがあります。
今でこそ一年中 半ズボンを穿いて走り回っていますが、当時の私はもの静かな少年だったので、季節はおそらく夏場だと思います。

その日私は、同じクラスのOくんの家に、彼の切手コレクションを見せてもらいに行ったのです。
家の人は誰もいなくて、Oくんの弟は外に遊びに出ていました。

Oくんの家は、文化住宅の一階にあります。
玄関の奥にお便所、右手に台所があり、奥に行くと6畳間が縦に2つ、その向こうに板の間があって庭に続くガラス戸があります。
手前の和室のテーブルについてまもなくOくんは、
「お腹がすいているだろう、ゆで卵を作ってあげる」
と言って、台所に立ちました。
私は後についていって、台所と和室の間のあたりに立ち、Oくんの背中と会話をしていました。
Oくんは、ガスの栓を開け、
「この瞬間湯沸し器、調子が悪いんだ」
と言い、何度か点火を試みていました。
私は、「なんで茹で卵なのに湯沸し器なんだろう」と思いながら、鍋も卵も無い湯沸し器を、ただ見ていました。
私の嗅覚は、ガスの匂いを捉えていました。

Oくんは、マッチ箱を手にし、箱を開けてマッチ棒を一本取り出し、マッチを擦りました。
すると、変な角度で擦られたマッチは火が点いたものの、先端から約1.5cmのところでみごとに折れ、そのまま床に向かって飛んでいったのです。
そして、爆発しました。

床面には、湯沸し器から漏れ出た空気よりも比重の重いLPガスが充満していたのです。
Oくんは、足を火に炙られ、衣服と頭髪に火をつけたまま、「熱い、熱い!」といって、灯りの点いてない奥の和室まで走り、こちらに向かって走ってくる頃には彼の火は消えていました。

火は幸いにして住居に燃え移ることなく、湯沸し器は近所の人がガスの元栓を閉めることにより鎮火しました。
私は両足の、膝から下、靴下で隠された部位から上の脛全体に2度の火傷を負いました。

翌日の朝刊の、M紙とY紙に、前日のボヤ騒ぎが小さく載りました。
M紙には、私が火をつけたというOくんの弟のヨタ話がそのまま消防の発表として書かれていました。
裏取れよっ!

その時通院した街のヤブ医。
ある日、私の足の包帯を外し、何を思ってか水ぶくれになった私の表皮を治りかけているところもそうでないところも全部剥がしてくれたのです。
次の日、治療に行った私の足は酷いことになっていました。
「白色ワセリンが良くなかったのかなぁ?黄色ワセリンを塗ってみよう。」

・・・「おっさん、一回死んでこい」

おかげで、私の両足脛には、火傷の跡があります。
この記事を書くに当たり、まじまじと見てしまいました。
火傷のあとは良く見ないと分かりませんが、それよりも、2日前の昼休みのミニゲームで、センタリングされた球をボレーシュートでネットを揺らしたときの痣が残っていました。



娘が幼稚園児だった頃。
その頃、東京で社宅生活をしていました。
ある日、奥様達でお茶をしていたのですが、テーブルの上のコーヒーメーカーのコードを引っ掛け、娘は熱湯をかぶったのです。
妻は水道水による応急処置をした後、娘を病院へ連れて行きました。
女の子なので跡が残ったらたいへんなのですが、医学の進歩はたいしたもので、豚の皮による治療をしてもらったのです。今では、もっと高性能な人造皮膚もあるようですが。
おかげで、数ヶ月も経たないうちに、きれいに治りました。

娘が熱湯をかぶった日、帰宅した私は「たいへんだったね」と娘に声をかけたら、娘は、
「コーヒー、ジャーしちゃったw」
と言って、はにかみつつ微笑んでくれたのです。
熱かったろうに、痛かっただろうに、それにもかかわらず親に心配をかけまいとして気丈にふるまう、私は娘の成長が嬉しくて、言葉が出ませんでした。
そして、東京弁もいいもんだなと思ったのです。



今から数年前、昼休みのサッカーの練習中、私は足に裂傷を負いました。
傷口は幸いにして血管を避けていたのですが、開いていました。
怪我をした瞬間はその場に立ちすくみ、傷口を見ていたのです。
かなり深いことは見ただけで分かったのですが、その時は、あたかも子供のように、
「ケガしちゃったw」
という感情だけが湧きました。

小学生の頃、燃えながら暗い部屋の中を走る少年を見て何の感慨も抱かなかった私が、自ら火傷を負いながら親に気遣う幼稚園の頃の娘に教えられ、有事の際に、自分ではない「誰か」に心配をかけまいとする自分がいました。

グラウンドから会社に戻り、同僚に声をかけ、水道水により雑菌を流していたら、同僚がキズバンを持って来てとりあえず傷口を塞いでくれて、車で病院まで連れて行ってくれました。
感謝してます。



私のために自分の時間を割いてくれる人には、その人達のためにいくらでも自分の時間を使いたいのです。
私は、人のために時間を費やすのは大好きなのですが、人が私ごときのために時間を使うのにはとても後ろめたさを感じてしまいます。

心配掛けたくないと思っても、心配してくれる人がいて、迷惑掛けたくないと思っても、迷惑を掛けてしまう人がいて。

私は鈍いので、人からの愛をあまり感じ取ることができません。
ここしばらく、自分には何のとりえもなくて、私を愛してくれる人なんていないんじゃないかと考えることもありました。
でも、「心配」や「迷惑」を、「愛」に読み替えたらどうでしょう。
嫌いな人を心配に思ったりしないのでしょうし、迷惑に思いながら人に良くしてくれる人もいないんじゃないかな。って思えるようになりました。

「愛」に包まれるって、こういう感じなのかな。
皆で支えあっているので「人」なんだな。
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 DILIさん、ホントいい人。感動して涙にじんだよ。
 ステキな家庭なんだろな。
 あたしも頑張ろっe-266

にこまるさん

そんな、照れますがなw。
で、読み返してみたら、あまり練れた文章では無いですねぇ。
でも、にこまるさんには、私がこの記事で伝えたかった気持ちを汲んでもらえたようで、嬉しいです。
いつもありがとw。
Secre

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関西在住。平日は北陸方面で単身赴任中。
息子は、父の影響で大の鉄道好き。
用事が無くても電車に乗る。

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