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1月13日の日記「鉄」

日記シリーズ最終回?(笑)

今日は朝から高所へ。
自宅から標高で約30m下り、そこから約100m上る、心臓破りの往復約3.2km(地図上)のコース。
最も急なところで、500mで70m上る、斜度14%のアスファルト路。
ここが走れりゃ、普通の道はちょろいもの・・・と、思っていたのが、甘かった。
上りになって2分で、徒歩を余儀なくされました。

私は、生まれた星の重力が少なかったのて、虚弱な筋肉しかありません。
上りでは、モモ肉の後ろが張りを訴えてきます。
下りでは、衝撃の少ない良い靴だと感動したのも束の間、モモ肉の前面が張ってきました。

でも、面白いコースでした。景色も良いし。
ここを週に1回ぐらい走って、筋力アップしてゆくこととします。

昨日は、1日走らない日としたのですが、それまでの5日間の筋肉痛が酷くて。
足がぱんぱんで、背筋と腹筋も疲労しています。
風呂に入る時、鏡を見ました。
こりゃ痛いわけだ。腹の筋肉が、6つに割れている。

jokeです。
DILIは、70%が冗談でできています。


レインボーブリッジさて、本日は息子の希望を聞き入れ、久しぶりの交通科学博物館へ。
写真は、昭和38年に完成した、弁天町駅と博物館とを結ぶ、「レインボーブリッジ」(笑)。
今日は、多くのお客さんで賑わっていました。
昨年は一度も来なかったのでしょうか。3月に改装されていた部分を初めて見ました。

シミュレーター221系電車運転シミュレーター。
2005年のあの日までは、JR宝塚線尼崎駅~宝塚駅間を運転可能でしたが、休止されていたものです。運転区間が、JR東日本中央快速線、三鷹駅~西八王子駅間になって、再開されていました。
対向列車は、201系オレンジ色です。
221系が、ついに東日本管内に乗り入れたかと思うと、感慨深いものがありました。
息子は、「大和路線にすれば良かったのに」と、ぶつぶつ言っていました。

名車次に目を引いたのが、'34年式ダットサン13型ロードスター(左)と、'37年式ダットサン16型セダン(右)。
戦前の砂利道を、このようなものが走っていたのですね。
16型の方向指示器は、橙色の矢印が跳ね上がるもので、これは点滅しません。65年間程実際に走る状態に整備されていたようで、「点火時期調整」と、「高速有鉛」のシールが貼ってあったとともに、前方の方向指示灯は、追設したものでしょう。
前に開口部があり、そこにクランクを差し込んでエンジンを始動するのです。当然、縦置きエンジンです。

ピアノ企画展示室では、開館45周年の、「のりもの資料蔵出し大公開展」が、開催されていました。
秘蔵の品として正面に飾ってあったのが、「奈良ホテル」で使用されていたアップライトピアノ。
1905(明治38)年ハリントン社製。
1922(大正11)年に、アインシュタイン博士が来日した時に弾いたピアノだそうです。

猫車「猫車」
駅などで使われていた、生活用具などの荷物を運ぶ運搬車。
鉄道用語なのでしょうが、猫を運ぶにはあまり機能的な格好ではありません。
辞書によると、猫車とは、「前部に車輪を一個つけ、後部の柄で押していく運搬車。土、砂などを運ぶ。」とあって、いわゆる一輪車のことのようです。Wikipediaに語源があり、「猫のように狭いところに入ることが出来ることから来ているという説もあれば、また猫のようにゴロゴロと音を立てることを起因するとする説、それを裏返した姿が猫の丸まっている姿に似ているからとする説もある」と、されています。

キハ391系キハ391系ガスタービン車模型
DILI親子は、こいつを前にすると冷静でいられなくなり、写真を撮りまくるほど好きな車両です。
国鉄が'72(昭和47)年に設計・製造したガスタービンを動力とする試験用の気動車。連接・振り子台車を持ち、後の381系などの開発に寄与しました。
ガスタービンエンジンは、強度、騒音、振動等の多くの課題が出、それぞれを解決してきたのですが、最終的にはオイルショックと燃費の悪さから実用化には至りませんでした。
現在、エンジンは撤去され、車体は大宮総合車両センターの工場内に眠っているそうで、たまに一般公開もされるようですが・・・
解体前に昔の恋人に逢ってみたいものです。
飛翔
次に向かったのは、今の恋人のいる天王寺動物園。
豊岡のコウノトリの記事は以前に書きましたが、大阪にもコウノトリが居て、我が家からはこちらのほうが近いのです。
鳥の楽園では、多数のヨーロッパコウノトリが元気に飛び回っていました。


コウノトリそして、次に向かったのが、コウノトリ舎。
ニッポンコウノトリが2羽居ました。
園内のひとつ奥まったところで、静かに暮らしていました。
コウノトリよ、何を想う。

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昨年、交通科学博物館を訪れた際、運転シュミレーターには驚きました。
なにしろ、中央線ですからね。
どのあたりを通過中か、鉄息子どもと当てっこしました。

オレンジの201系は、残りの編成数が一桁になりました。
私の人生で、一番お世話になった形式です。

交通科学博物館のシミュレーター、ようやく復活したんですね。
区間変更は妥当だとは思うけど、なんでわざわざ東京の電車で・・・。
関西がアウトなら、中国地方の電車でもいいのに。
で、実車同様月1回休止するのw

私が訪れたときは、ちょうどあの事故の年だったんで、いきなりの休止にとまどったものでした。
もうじき3年になるんですね。

レイアウトも、展示品も、他はこってこての関西なのですが、何故かシミュレーターだけ。
あそこに採用された線区は呪われるのでしょうか・・・って、自分で言っておいて、怖っ!

保証問題と立件がどうなるか、まだわかりませんので、安全に係る展示は手付かずのようです。業務上過失致死傷の時効は3年なので、もうすぐ。

おお、キハ391。例によって事故のことを調べていた時、ちょこっと聞いた事がありますよ、ツチノコでしたっけか。この、窓枠が赤く塗られたデザインって、ひと昔前はあちこちで見かけましたが、この塗り方は何か意味があるんでしょうか?

交通科学博物館は行ったことがありませんが、事故関係の博物館や展示館もあるらしいですね。そっち方面には一度足を運んでみたいものです。

きうりさん

気動車には、技術開発の夢よりも、はかなさが漂います。
安治川口のガソリンカー火災事故や、満を持して登場した80系DC特急「はつかり」が上り坂で自転車より遅くて「がっかり」だったり、山陰線でDD54の棒高跳び事故があったり。
近年では、ハイブリッド車や、DMV(デュアルモードビークル)などが実用化されています。DMVで敦賀港線を走ってそのまま市内の道路を走る計画は、消えたようです。

>窓枠が赤く塗られたデザイン
クリーム地に窓部の赤い塗り分けを「国鉄色」と呼び、昔は電車特急や気動車は皆、この色でした。意味は特になくて、50年程前に電車特急「こだま」がこの色を採用したためです。

>事故関係の博物館や展示館
JR酉の「鉄道安全考動館」には、尼崎事故の1/20模型やパネル、写真があり、脱線事故の車両(後4両)は警察から返還後に展示するかどうか検討するようです。JR束にも、いくつか鉄道事故の展示館があるようです。
これらはいずれも社員の教育のための施設で、一部を除き一般公開はされていないようです。考動館は、写真撮影も禁止されています。
関係団体として、見学の申し込みをしてみましょ~か?(笑)
Secre

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関西在住。平日は北陸方面で単身赴任中。
息子は、父の影響で大の鉄道好き。
用事が無くても電車に乗る。

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