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第一部

ここから始まる物語はすべてフィクションであることをお断りしておきます。


昔、日本は戦争に負けた。
長い戦争が終わった時、世界平和のために日本の勢いを抜くことが必要と考えた米国は、日本がなぜ強国であったのかを研究した。その結果、日本の強さは日本人の家族制度にあるという結論が出た。
日本は特定の宗教思想を持たない国(神の国)なので、米国はまず神を人とすることにより、日本人の心の拠り所を分断した。次に、祖先や親兄弟隣近所を大切にするという日本の大家族制度を破壊するため、教育体系を学歴・個人重視のものに変えたのだった。
核家族が増え、家庭教育は崩壊した。
日本は資源小国なので、またたく間に力の無い国になった。

教育基本法
(教育の目的)
第一条  教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。


僕は昭和30年代に生まれた。
父は両親が年をとってからの子で乳母や姉に育てられ、小さい頃大病をして甘やかされたせいか、家庭を持っても妻子に愛情を示すことが苦手な人だった。
母は共働きの家庭に育ち、兄弟も少なかったためわがままに育った。
僕が小さい頃は、両親にはよく叩かれた。すぐに両親の手が飛んでくるので、長い間自分を主張することができなかった。
僕は両親からの明確な愛を受けること無く育った。
僕が全面的に悪いこともあったが、そのような時には逆におろおろして手を出せないで、自分たちの機嫌が悪い時などにどうでもいいような理由で殴られた。
僕は覚えが悪いので小学校入学前の記憶はほとんど無いが、物心がついてからの体罰は心に傷が残るもののようだ。


ある時、僕は父親と一緒に広島まで日帰りの旅行をした。山陽新幹線の岡山以西が開業前のことだ。
乗り物に弱かった僕は、次の日に熱が出て学校を休んだが、会社から帰ってきてそのことを知った父は「今日はせっかく気分が良かったのに」と言って僕を殴った。僕は叩かれた勢いで飛ばされて浴室の扉に当たりガラスを割ったけど、両親は怪我をして泣く僕を放置してどこかへ行ってしまった。
僕は親と旅行に行くのが怖くなった。

たまにはメッセージ性のあるものもあった。
中学1年のある日、僕は友だちから映画に誘われた。僕はその時、小遣いの持ち合わせが無かったので断ったら、彼は「この映画は明日までだけど、お金は貸してあげるので明日映画に行こう。」と言った。僕は彼に、「3日後に小遣いをもらえるので必ず返す」と約束した。
家に帰ってその話をしたら、父親は問答無用に「お金の貸し借りはするな!」と、僕の左頬を平手で打った。映画の約束は断ったのだが、頬の腫れは3日間消えなかった。
それ以来、僕は人からお金を借りることができなくなった。
自宅購入の際にはさすがにローンを組まざるを得なかったが、それも会社から低金利で借りることとした。自家用車購入は一括払い、クレジットカードや飲み屋のツケ払いもいまだに苦手、人にお金を貸すことがあっても自分が借りることが苦手なので督促ができない。誰かの保証人になることは無い。
僕は、相手に変に気を遣う臆病な人間になってしまった。

僕は小さい時は自動車が好きで、自分でデザインした車を紙細工で作っていた。いつもは乗用車の模型を作っていたのだが、僕にしては珍しくマイクロバスを作り、自分なりに満足の行く作品ができた。
その時の母親は、僕が整理整頓がうまくできないことを怒っていたと記憶しているが、僕を叱ったついでに紙製のマイクロバスを床に投げ踏みつけてぺっちゃんこにしたのだった。僕は、もう人の乗ることの出来なくなったバスを見つめ、悲しくなった。
母はその後、紙のバスを壊したことを謝った。謝るぐらいなら壊さなければいいのに。
それ以降、僕は紙の模型自動車を作ることは無くなった。

中学2年の時、母方の祖母が74才で亡くなった。
まだまだ元気だったのだが、祖母に対する僕の様子を見て、母は祖母の死期を悟ったと後から聞いた。
母は、夫と自分と僕を責めた。母は僕に自分と同じ能力のあることを呪った。
家族の皆が居場所を失っていた。僕の心はもはや荒れていた。


僕は愛に飢えていたとともに、愛情表現に不器用な大人になった。
気が強くて、見栄っ張りで、頑固で、自己中で、心が不安定で、癇癪持ちで、人の話を聞かず、自分の言いたいことを言えず、いつも我慢して、諦めて、自信が無くて、目標を持てず、人の心の痛みが分からない、優しくない、そのような人に僕は育った。

そのまま数十年が過ぎ、これらの性格は米軍や家庭環境のせいにするべきではなく、直視し受け容れるべきものと思った。
人のせいにしたり自分を否定したりしていては、相手を受容することなんてできないし、これだけの短所を備えていれば、同じ苦しみを持つ人の痛みがわかるはずだ。
自分の人格は否定するべきではなく、肯定のうえに自らを改革して行くことに自分の存在価値があると思ったのだった。

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関西在住。平日は北陸方面で単身赴任中。
息子は、父の影響で大の鉄道好き。
用事が無くても電車に乗る。

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