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052:縄(陸王)

縄文の地層のなかに探してたぼくの上履きやっと見つけた


この、「あったぁ~w」というキラキラ感がテーマの暗さを吹き飛ばしているところが好きですね。
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題詠2009鑑賞(003:助)

「003:助」(TB~235)。
この、「助」というお題、難易度の高いものだと思います。
大学が法人格となり、いまではもう准教授と呼ばれるようになった「助教授」を詠んだ歌、
「助走」、「助手」、「助詞」、「助六」、「助平」、等々。
「補助輪」とした歌などは、いずれも補助輪を外しゆく過程が前向きな、素敵な歌が多くありました。

そして、半数程度の歌は「助け(help)」として詠み込んでいました。
これは、倫理の問題です。

電車やバスでお年寄りや体の不自由な人が自分の前に立ったら、私はさりげなく席を譲ることとしています。
それは、感謝されたいとか満足感に浸りたいとか車内放送で言われたからとか、そのような感覚ではなくて、それが当然のこととして席を譲るのです。
過剰に感謝されたとしても、私はそんな年寄りじゃないと怒られても、特に何の感慨もありません。
でも、ある日、
私が娘や息子とバスや電車に乗っていて次第にお客さんが増えてきたとき、私の子どもたちがお年寄りに席を譲っていたのです。どこかで親の様子を見ていたのか、自然と身についたのか、私はそれを見た時とても嬉しい気持ちになりました。

人間は集団のなかで生きている以上、周囲に気を配り、周囲の幸せを望むことは当然のことだと思います。しかしながら、人間というものは自分のことや相手のことは解っていないものなのです。
人を「助ける」ということは、相手が「助けてもらった」と感じない限りそれは「助けた」ことにはならなくて、それだけに一人称の文学である短歌で「助け」というお題は、たいへん難しいものだと思うのです。

「助け」は、それを当然のこととしてさりげなく示すか、「助けられた」こととして示すのであればよいのですが、「私」が「助けた」ことを詠むには相当なテクニックが要るような気がしました。

そのような観点から今回気になった短歌は、

003:助(日向奈央) (てのひらのきみ)
ばかだから助けられたい助けたい あなたの生きる意味になりたい

この歌、最高ですw
上の句で、「助け」+「助け」+「ばかだから」として「二重の肯定+否定」としておいて、下の句でちゃんと答えを用意してくれています。
「助け」の一人称の意味合いを曖昧にすることにより、人のために生きたいという気持ちが鮮やかに浮き上がっています。
読んでいて、ほんとに楽しい気持ちになりました。
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関西在住。平日は北陸方面で単身赴任中。
息子は、父の影響で大の鉄道好き。
用事が無くても電車に乗る。

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