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睡魔のスイマー

今日は、昼休みの「ほぐし」をサボってしまいました。おかげで、明日朝の筋肉痛の予感がかなり出てきています。
体中の筋肉が、悲鳴を上げてきました。
いくつになっても、弱い体です。

私は、あまり風邪をひきません。
妻に言わせれば、いつも私がご家庭に風邪を持ち込むらしいのですが、風邪でダウンして会社を休んだのは、これまでに3回ぐらいです。
小さい頃、水泳をしていて、皮膚と呼吸器が強くなったからだと思うのです。

小学校低学年の頃はドンくさくて、走ればペンギン、投げれば届かず、鉄棒させれば干物、泳ぐこともできません。水に顔をつけることすら苦手でした。
プールで父親が私の手を離したら、そのまま沈んで行ったそうです。
そのようにドンくさい私が初めて泳いだのは、小学校4年生の時に行った臨海学校。
十数年後に会社に入って、初めて配属になった事業所がその海水浴場に近い所であったことは、運命というものの存在を示唆するものかもしれません。

初体験は平泳ぎでした。隣の家の、同学年の友達が泳いでいるのを見て、見よう見まねで泳げたのです。
水を得た魚の私は、即、小学校の水泳部に入ったのです(調子乗りなのは昔から)。
そして、何故か速くて、地区の大会で二位になったりもしたのです。
そして、5年生になり、飛ぶ鳥を落す勢いの私は、あの、オリムピック選手を輩出した「茨木スイミングスクール」に入ったのです。父が、「平泳ぎは速いので、自由形を習って来い」と。
でも、目は出ませんでした。未だに、クロールよりも平泳ぎの方が速いのです。

中学に入学し、ここでも水泳部へ入りました。
限界は結構浅いところにあって、ほどなく、帰宅部へ入部。

高校の3年間は、1日だけ気合が入らなくて休んだので、皆勤賞は逃しましたが、水泳のお陰で風邪を引かないおバカな体になっていたことが分かったのです。
娘も、小さい頃はスイミングに通っていて、お陰様で風邪を引かない元気な大学生となっております。


で、ここ十年近くはサッカーをしているのですが、「汗を流すのが好き」と、「夏の暑さは友達」が、継続の秘訣なのかなと思っています。そのルーツは水泳というのが今日のお話でした。

さらに筋肉が張ってきました。
しかも、眠い。
それでは皆様、おやすみなさい。
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膝が(大笑)

前回(11/7)のサッカーの試合で体力の限界を感じ、引退宣言をしたDILIですが。
本日、「続・引退試合」を無事怪我無く終えることができました。

相手チーム6人、当方7人集まり、フットサルのルールで20分×3本。
42m×25mのコートを、キーパー含めて5人ずつ。出入り自由。
結果は、3対3の引き分けで、シュートも何本か打ち、敵シュートも何本かクリアでき、すっごく楽しかったのです。
今日は、念入りにストレッチをしなければなりません。


サッカーは格闘技です。

私の最初の怪我は、試合の時キーパーをしていて味方の選手と激突。翌日、某整形外科へ行ったら、鼻の打撲と顎関節の捻挫。
患部の痛みよりも、湿布薬が見るからに痛々しい。
この時、味方10人は相手ゴールの方を向いているので、最後尾のキーパーは自分の位置を味方に知らしめるために声を出すことが大事なんだと、身にしみて分かりました。

次は、昼休みの練習の時にディフェンダーをしていて、至近距離で放たれた相手フォワードのシュートがDILIの顔面を直撃。昼から某眼科医に連れて行ってもらったら、両眼球の打撲。あ、決して鼻が低いわけではなく、眉間にボールが当たったのです。ミケンに。
この時は、比較的ダメージの大きい右目に、かっこいいアルミ合金の眼帯をしてもらいました。サイボーグ化終了です。
反省事項として、相手にプレッシャーをかけるときは、もっと接近しないといけないと痛感しました。

妻からは、禁サッカー令が出たのでした。理由は、「また、怪我をするから」。

ほとぼりが冷め、しばらくして次の事故が発生しました。
昼の練習で、グラウンド外周の植え込みのところにボールを取りに行ったとき、両端が錆びて朽ち果てた鉄パイプ(長さ約30cm)が落ちていたのです。私は、左足でパイプを踏んでしまい、浮き上がった鋭利な反対端が右足内側をスパッと。当時は毎日走って鍛えていたので、傷は筋肉に留まり血管に達することは無かったのですが、縫合の必要があったので某総合病院の整形外科へ。
サッカーで足に裂傷を負うことは珍しいのですが、以降、練習中でもハイソックスは欠かせません。


会社の先輩が、アキレス腱を痛めました。
彼は、若い頃はバレーボールの選手でしたが、私が入社した頃はすでに引退状態でした。
彼がバレーボールを再開したのは知らなかったのですが、どこかのチームのコーチとしてコートに立っていたようです。コーチは自分が動かなければ手本にならないので、十分に準備運動をして指導していたようです。そして、何かの拍子に屈んだとき、アキレス腱がプチッと。
痛みが治まらないので病院へ行ったら、部分断裂で即手術。


年をとったら、激しい運動は控えなければなりません。
私も、今日を最後の試合としようかな。

でも私は異星人なので、筋力を保たないと、体の随所で患部が綻んできます。
昼休みのサッカーは続けないと、ストレス解消の手段を別に求めなければ。

ここいら辺では、12月からグラウンドの照明が使えません。
土日は家に帰っているので、春まで試合はありません。
と、いうことで、本年の「続・引退試合」は、無事、幕を閉じたのでした。
昼のミニゲームは継続し、試合に出るかどうかは暖かくなってから考えよっと。

寄稿

一年前2006年11月28日(火)、ひとつのブログサイトが立ち上がりました。
その管理人はその約2ヶ月前に海底から浮上し、地上世界のすばらしさに胸を躍らせ、そこで感じたことを書きとどめておこうと考えたのでした。
翌年3月までのブログとして。

(昨日から明日まで使用している壁紙は、その時のものです。)

海底の、音も匂いもない、水温4℃の暗闇の世界、ビタミンBは欠乏し、タンパク源は白身の魚とプランクトン。
初めて見る地上世界は、見るもの聞くもの、すべてが新鮮でした。
仕事も楽しく、たくさんの友達もでき、管理人はその時が幸せだったのです。

ブログの立ち上げに当たり3週間分程度の文章を準備し、連日、訪問者の無いブログにアップしていました。
そして、物語が新しい展開を見せようとしたとき、倫理上の観点からブログを閉鎖することとしたのです。
3月までどころか、一週間余りでした。

地上生活がしばらく続き、元管理人は次第に気づき始めていたのでした。
この世界で、自分には何もできないことを。

地上の世界が新年を迎えた頃、元管理人は地底に潜ることとしたのです。



こんにちは DILIです。
前ブログ開設一周年に当たり、「匿名希望D」さんから祝辞を頂きましたので、ここに全文を紹介しました。

思い起こせば一年前、私は幸せでした。毎日が充実していました。
でも、その後、たくさんの人たちの温かさに触れ、昭和の日に始めたこのブログで多くの人たちと知り合うことができ、家族や友人の大切さも再認識することができました。
私は今、一年前よりも幸せです。
そして、周囲の人が一年前よりも幸せになっているのであれば、私は我が事以上にそちらの方が嬉しいのです。

続々・写真鉄

木曜日にサッカーの練習試合があるようです。
今度こそ引退試合にしようかな。(って、出るんかよっ!)

そう。私は物持ちがいい。
80系湘南電車

さて、一口に写真鉄と言っても、多種多様なものがあります。
大きくは、芸術性と記録性とに分けられると思うのですが、
「芸術」であれば、肖像権であろうが、不法侵入であろうが、著作物保護の名の下に許されるのか(そんなことはありません)。
本日は、記録性の観点から、写真鉄・を・斬る・・・痛っ。

・車両パーツの局部拡大写真(型番、銘板、行先表示板、愛称マーク、前照灯類、連結器、台車、床下機器、屋根上機器、パンタグラフ、運転席の機材、運転士鞄、手旗、車内スピーカ、通気口、非常ブレーキコック、ドアボタン、号車表示、電光表示器、つり革、座席、広告、昔の車両のセンヌキ等)
アプト区間・駅舎や地上設備(トンネル、橋梁、ホーム、駅名表示、改札口、時刻表、時計、ベンチ、駐輪場、こ線橋、ポスター、信号機、ATS地上子、架線柱、レール、運転表示板、勾配表示、キロポスト等)
・人物等(乗務員、駅員、販売員、乗客、通行人、犬、猫)

その他、ありとあらゆるものが鉄と空間を同じとしているだけで、被写体となります。
その中で、人物について。

駅員さんの背中の写真を公開しているブログがあります。
背中は口ほどに物を言うものだと、ヒシヒシと感じます。
思わずキーを叩く手に力が入ってしまいました。
駅員さんの背中は、肖像権上問題は少ないのでしょう。

それでは最後に、人から聞いた実話。

じつは、列車に乗っては車内販売のおねえさんの「ふくらはぎ」を激写している写真鉄さんがいるそうです。
もちろん、公開はしてない・・・と思います。
気持ちは良くわかるけど、犯罪ぢゃない?

うそこメーカー

最新作として、いくつか出てたので、「DILI」でやってみました。

第13弾 お弁当メーカー

名前を入力するとお弁当が表示されましたぁ。

DILI弁当
きのこご飯しょうゆ味。520円


第14弾 鞄の中身メーカー

名前を入力すると鞄の中身が表示されましたぁ。

DILIの鞄の中身

鞄の種類 汚いセカンドバッグ
鞄の中身 ケチャップ、記念切手、ダ・パンプのCD、鼻が悪い耳鼻科の診察券、リカルデント

ケチャップって、、、ハインツか!
記念切手って、、、スタンプか!
CDって、、、ダパンプか!
鼻が悪いって、、、スカンクか!
リカルデントって、、、やめとこ。


そして、第15弾 四字熟語メーカー

名前を入力すると四字熟語が表示されてしまいましたぁ。

DILIを表す四字熟語


「乳輪大名」


なんやねんっ!!

運転鉄

桜谷軽便鉄道15インチ(軌間381mm)鉄道は実用鉄道の最小のもので、鉱山鉄道等に使われていましたが、現在でもロムニー鉄道(イギリス)などで旅客扱いの運転が行われています。
桜谷軽便鉄道という個人所有の15インチ鉄道があります。兵庫県在住のMさんが、自宅周囲に鉄道(軌道線)を敷設し花巻電鉄風電車等を走らせていたのですが、それに飽き足りず私財を投入して敷地を購入し、ボランティアさんたちの協力も得て南山線を建設したのです。
私は以前は良く行ってましたが、月に一回運転会が公開で開催されていて、自分で運転することができます。3年前に危険防止のため運転は免許制になり、運転会当日の開始前に試験が行われています。
運転会は無料なので、Mさんたちの善意に甘えてばっかりで。

このような大掛かりなものは少ないのですが、イベント等では人が乗車できる模型SL等の運転会をしたり、庭にレールを引いて自作のライブスチーム(蒸気機関車)を走らせたり、いろんな楽しみ方をしている人がいます。

今日の話題はインドア派なので、社会性とは関係ありません。

テレビゲームの電車でGo!シリーズや、トレインシュミレーター等、家庭で運転を楽しめるソフトが多く出回っています。専用のコントローラーもあって、これが結構むづかしい。でも、車両によって加速が極めてどんくさかったり、JR各社の運転士の癖が再現されてたりして、実物が本当にそうなのかどうかはわかりませんが、いろんな楽しみ方があるのです。
あずさ2号
息子の部屋には、9mmゲージ鉄道模型のレールが恒設されていて、運転台型コントローラもあるのですが、小回りが利かないので、ダイヤル式のもので運転を楽しんでいます。
妻は、同じところをぐるぐる回るだけで、どこが楽しいのやらと言いますが、ロマンの一言です。


そして、実際の電車に乗って、運転席の後ろに立つと、勉強にもなるのですが、ダメ出しをしてしまいます。
新人運転士が停止位置をオーバーランしようものなら、大変なことに。(声に出しては言いませんが)
ここが、職員や一般のお客さんに嫌われるところなのでしょう。

収集鉄

2300系これがまた奥が深くて部屋が狭い(笑)

息子の部屋には、何年か前の「阪急レールウェイフェスティバル」でゲットした、2300系の前面貫通扉があります。
20,100円で入札。重いので送料8,000円くらい。
何の役にも立ちませんが、もう動かせないので一生ものです。
同時に出品されていたヘッドマークには、6万円を超える落札値のものもありました。

でも、我が家にこれ以外には、鉄道部品はあまりありません。1枚100円の行先表示幕の切れ端がいくつかあるくらいです。
でも、グッズや書籍は、極めて多くあります。(あ、このあたりから息子の話です)

以前は、玩具店等で売っているダイキャスト製の飾り用Nゲージモデル。
Bトレインショーティーここ数年は、バンダイから出ている「Bトレインショーティー」。彩色済プラスチック製の組立て1/150モデル。全長が半分程度に短縮されています。
箱の中に何が入っているか分からないとともに、シークレットなんかも混ざっていたりします。1個400円程度ですが、集めようとすると、必要以上の購入が必要で、「大人買い」の要素満載です。
発売後暫くしたら、大阪・日本橋あたりで中身の分かった状態で販売されますが、どーも発売日に買うのがマイブームのようで、新線開業時の発乗りと同じ感覚なのでしょうか。
購入して、気に入らないものが入っていたらすぐ売りに出す。私はこのようなことをさせるために給料を貰っているわけではないのです。

そして、さらに問題になるのが、数量や販売箇所限定もの。
こちらは大抵、箱で中身がわかるようになっています。
暫く待てば、旭屋本店8階や、ヨドバシで販売すると思うのですが、送料を払ってでも早期購入をしたがります。
そのくせ、数量限定のチェックが甘くて、発売当日の午後に行って売り切れていても、いともあっさり諦めます。

収集鉄には、ルールを教える要素がたくさんあるのです。

限定もの販売日には、朝から特設売り場に長蛇の列ができ、箱買いにいちゃんが多数出現します。
同じものを大量に購入しているので、自分たちで楽しむのでは無さそうなのですが、どういう金儲けのシステムがあるのでしょうか?

音鉄

西武生以前、阪急京都線に9300系がデビューした頃、息子と乗りに行きました。
阪急電車ファンの掲示板には、朝の運用からその日の9300系運用予想が書いてあったりするのですが、朝早かったので、コメントはまだありません。
梅田駅まで出向いたのは良いのですが、「駅員さんを煩わせない」の思いがあって、聞くことができませんでした。聞かれる方は、「お客さまあっての阪急電鉄」なので、気軽に答えてもらえるのでしょうが、おそらく、一日に何度も同じ質問を受けるのでしょう。それが証拠に、サービスセンターには、「本日の9300系の梅田駅発着時刻」の張り紙がありました。
これこれ、これですよ。
暫く駅構内で写真を撮ったりして時間を潰し、次の9300系を待ったのです。
普段は気が短いのに。
私って、待ち合わせの時間に相手が現れなかったら、1時間待つことができるタイプかな?

さて、我が息子は音鉄指数60%
最初は、駅の発車メロディーから入ってしまいました。
関西は、発車メロディーに関して言えば、東京方面の十数年遅れです。インターネットでは、各駅の華やかなメロディーが流れ、耳を輝かせてました。
そのうち、走行音に興味を持ち始めました。
私が出張に行っては、E501系等の走行音を、携帯の不鮮明なボイスレコーダ(QCPファイル)に録って聞かせてました。
そのうち、携帯を持たせる年頃となり、買ったのがWILLCOMのPHS。MIDI音源内蔵で、PC音楽の再生が可能でした。そして、ボイスレコーダも3g2形式で、音質が良いのです。

電車に乗って、問題になるのはこれなのです。
携帯オフ車両では、PHSを持ち出しませんが、通常の車内では、異常なPHSの使い方をします。
車内アナウンスを録るときは天井のスピーカに、加速・減速時には台車上の床面や連結部にPHSを近づけます。
カメラ機能もあるPHSをいろんなところへ向けて録音する。これって、盗撮少年に見えないでしょうか?
ICレコーダを買ったほうがいいのでしょうかねぇ。

なお、うるさいので、車掌マイクは買いません。

続・写真鉄

新疋田私は高校時代、とある山の斜面を切り開いた住宅街に住んでいました。
毎日がハイキングだったのですが、月に2回程度はとある山頂の寺院まで、山歩きを楽しんでました。景色も空気も澄んで気持ちよかったのですが、何よりの楽しさは、登山道ですれ違う人との挨拶です。
とても爽やかな気分になります。
近年では、ジョギング時に道行く人に挨拶するのですが、自分がどんな形相なのかは私には見えません。
涼しい顔ではないんだろうなぁ。

阪神電車(何で?)に限りませんが、誰彼かまわず声をかけ、自らの鉄知識を喋り続ける人種がいます。
しかしながら、写真鉄は概して無口もしくは独り言の大きい一匹狼。ましてや、特別な列車の撮影で混雑するホームで皆に挨拶していたら、お仕事ができません。
それが、外に出ると人口密度が低いので、同業者や住人に明るく挨拶できれば、お互いに気持ちがいいのですが、構図や設定のことで頭が一杯で、肩には重い機材をかけ、そこまで気をかけていられないのでしょうか。


写真鉄なら誰もがその名を知る、広田尚敬さんと広田泉さん。親子二代の鉄道写真家。
公式HP(鉄道写真.com)で、作品の一部を公開していて、そこからは、すごく暖かいものを感じます。

HPでは、530倶楽部(GOMIZERO CLUB)のコーナーがあって、撮影地に赴く場合はゴミ袋を持ち、ゴミを拾って帰ろうというもので、多くの方が趣旨に賛同し、リンクを貼っています。
人の心を動かす作品を創る人は、世界を動かす力を持っているものなのですね。

広田さんに限らず、鉄道ファンの多くが自らのホームページでマナーについて論じています。
皆が、一部の限られた人達のふるまいによって、自分たちの楽しみの世界をせばめられたくないという気持ちで一杯です。
一方で、「鉄」はいわばこだわりの世界なので、自分たちの行動が一般の人達の目にどう映るかという心配もあります。
人に迷惑をかけない、不快感を与えない、これらのことを心がけて行きたいと思っています。


でも、本日の記事を書いていて、山歩きをしたくなりました。
今度の休みに息子とどこかへ行こうかな。

18.6

クロ700km余りを走り、給油しました。
燃費、18.6km/l
カタログ値(10.15モード)19.4km/l
初回にしては、こんなものかなぁ。
前の車は、同じ1500ccで、同じ道で、20~22km/l 走ったのに。(カタログ値17.4km/l)
やっぱ、前方投影面積の差か、車重(+50kg)の差か、MTとCVTとの差か。
もうちょっと、様子を見てみようっと。

写真鉄

友人から聞いた30年以上前の話。
彼はいつものように、写真撮影のために国鉄の線路沿いでカメラを構えていました。そこへ、貨物が近づいてきたのですが、電気機関車の運転士は、運転しながらカップめんを食べていたのでした。運転士は、汁を飲み干し、カップめんの空容器を、開いた窓から外へポイっと。
昔、鉄道の沿線では、いろんなものが飛んできました。


私は、小学生の頃から、父親のカメラを借りて良く写真を撮っていました。
でも、当時はプリントは高かったので、遠足にカメラを持っていっても風景とかはあまり撮らずに、友達や先生の写真ばかりでした。
当時持って行ってた写真機は、6×6ブローニー機。遠近と照度を手動で合わせる物で、撮り終えた後でフィルムを巻き忘れると二重写しとなる。何故か二回シャッターのようなものを押す構造で、一回目を押した後で被写体の校長先生が近づいてきた時に二回目のシャッターを押した時、面白い写真が撮れたのでした。
「一、二の三・・・で撮りますよぉ~」と言って、ファインダーから目を離し、皆の緊張が解けた時にピカッと撮る・・・という技を会得したのは、小学生の頃に遡ります。

その後使っていたのは、オリンパスペンFT。一眼レフ ハーフサイズカメラの女王様。36枚撮りフィルムで72枚撮影できる。父親が麻雀で勝って購入し、その後麻雀は負け続けたといういわく付きの一品。
そして、次に手にしたのは、これも父親のお古のニコンF2。でかいストロボと、レンズの2本も持って行こうものなら、重くて重くて。写真は格闘技だと思いました。
ここまでが、ピントと露出が手動調整のものでしたが、お気に入りの写真はフィルム1本に1枚ぐらいで、歩合の悪いこと。

私が貧乏な大学生の頃、鉄道写真の世界に足を踏み入れたのですが、何かの本で、鉄道写真は被写体を思いきり大きく撮るか、思いきり小さく撮るかで、中途半端は無い、といった記事を読みました。
もちろん、気に入った写真を大きく引き伸ばして芸術性を求めてのことなのでしょうが、スナップ写真に傾倒していた私には、被写体を大きく撮るしか道はありませんでした。

社会人になってしばらくして、ミノルタα3700を購入しました。初めてのズームレンズ、初めての自動焦点・自動露出。
一番驚いたのが、失敗作が極めて少ないこと。そして、芸術的な作品はできませんでした。なぜなら、娘の写真ばかりで、画素の粗い高感度フィルムばかり使ってたので。

その後、コンパクトフィルムカメラを経て、今ではデジカメを愛用しています。
いくら失敗しても、現像焼付けの費用を心配する必要がありません。回転やトリミングや画像処理が造作なくできます。カメラの癖を理解し、今では流し撮りが楽しくて仕方がありません。

さて、前置きはこれぐらいにして、(ここまで前置きかよっ)


鉄道写真を撮るに当たり、いくつかのルールがあります。

1.線路脇は、赤い服でうろつかない。
柵内に立ち入ることはあってはならないことですが、鉄道の運転士は、通常は無い所に赤いものを認めると、非常ブレーキをかけるものなのです。撮影は、節度を保った服装で。なお、ホーム上なら全身赤であろうが素っ裸であろうが・・・

2.道路交通法等、法令の遵守
撮影スポットは、車での移動を余儀なくされることもありますが、駐車場所の選定に当たっては他の人馬の通行を妨げることは慎み、近隣住人への配慮も欠いてはなりません。ゴミも持って帰りましょう。
また、自分の車の屋根に登って撮影する人がいますが、あれは自己責任?

3.人通りの多いところでは、通行の邪魔にならない。
三脚は、時と場所をわきまえて。私はいつも、ホームの柱の陰で飛雄馬の成長を見守る。(いや、柱の方が撮影の邪魔になってるんですが)

4.走らない。雄叫びをあげない。
余裕がないと、良い仕事はできません。でも、誰かの叫びが状況把握に役立つことは事実です。

5.ホームから身を乗り出したり、窓から顔や手や足を出したり、立ち入り禁止区域に入ったりしない。
安全とされる所以外は危険なので、自分の身は自分で守りましょう。

6.フラッシュ/ストロボ厳禁。
運転士の顔が見える構図では、絶対にフラッシュ/ストロボを焚いてはなりません。受けたほうは目が眩むはずです。
遠くが真っ暗になるだけなので、カメラの限界以下の撮影はしないことです。

7.他の乗客の迷惑を考えてみよう。
車内を走るのは問題外です。先頭車かぶりつきで、前方の動画等を撮るのは許されるとしましょう。
そこで問題となるのが、車体番号や、製造工場の銘板や、ドア上の行先表示灯など、こだわりの一品に興味を示す写真鉄。
これって、微笑ましいんでしょうか。行楽気分が飛ぶくらい引いてしまうんでしょうか。

天国

空猫さんのところでやってた、天国からのメッセージ

本名でしてみました。

2007年の僕へ。
元気ですか?2007年ごろの自分のことを懐かしく思い出します。
僕は67歳で、つまり西暦20XX年に、寿命を全うして生涯を終えます。今にして思えば、たくさんの人に支えられた充実した素敵な人生でした。
だたひとつだけ過去の自分に、つまり今のあなたに伝えておきたい事があります。それは 2014年の風の強いある日、僕は運命に導かれるようにして、南アルプスへ登山に行くことになります。そこで、その後を左右する大事件が起こるのです。 メモしておいてください。
最後にひと言、67年間生きてみて思ったのは「やっぱり、家族こそが自分が何より大切にすべきもの」ってこと。
それでは、またいつか会いましょう。
これから先の人生を精一杯たのしんでください。

                                僕 - 20XX年の天国にて

結構、早いな。

別離

麻原彰○ 本名 松本智津○ 好物:メロン(本人談ではバナナ)。 特技:空中浮遊。
その特技を以ってすれば、脱獄も容易かろうに。

DIL○ 本名 ○○○○ 好物:甘い物と、お笑い。 特技は封印しました。


わが社の社屋には、いくつかの霊感スポットがあります。
その昔、古戦場であったとか、墓地を潰して敷地にしたとか、いろいろな噂はあるのですが・・・
出るんです。

私に霊能力は無いのですが、見える人には見えるようで、特に図書室のものは強力だそうです。社屋を建てた当初は、いろいろな所で、さまざまな超常現象が観測されました。深夜仕事をしていると、どこからともなく怪しい音がしてきます。
近くのお店の娘さん(霊能力少女)は、わが社に近寄ろうとしません。離れていても、感じるようです。

そのスポットの一つ、私の席の近くに休憩コーナーがあります。そこへ行くと少し気温が低くて集中できるので、私は仕事を持ち込んで良く利用しています。

趣味の悪い安物のイタリア製テーブルと椅子4脚が2組。自席から見て、手前のテーブルの左側の席に座ります。そして、座った位置から左側のもう一つのテーブルの方に、霊がいるそうです。
私は、私の守護霊にその霊の相手をさせて、仕事に集中するのです。

本日午前中、そこで仕事をしていたら、顔の左側の感覚がおかしくなってきたのでした。


先週水曜日の夜、サッカーの試合をしました。
あまり準備が出来なかったのですが、それでも対戦相手がいると気合が入ります。
私は、腰と首に爆弾を持っているので、近頃は毎日練習していたとはいえ、一年振りの試合は最初は恐々でした。でも、ボールを前にすると、何もかも忘れ、アスリートな自分がそこにいました。
試合が終わり、患部は痛むことなく、翌日以降全身の筋肉痛に悩まされるだけの至って正常な状態でした。
今週になって、ヒョウやらヤリやらでグラウンドの状態の悪い日が続き、筋力の落ちるのに任せていました。

本日午前中、仕事をしていたら、左膝上の筋肉に違和感を感じるようになりました。


サッカーの時に受けた関節への衝撃が、筋力の衰えた今、顕在化したのでしょう。
私は、脳の血行回復のため、風池(後頭骨の下のくぼみから2~3cmほどの左右にあるツボ)を押すとともに、昼休みに寮で首の自己牽引を行いました。
完治ぃ~です。
霊の仕業ではありませんでした。
やはり、サッカーは過激なスポーツです。先日の試合を以って、引退試合とすることとします。

サッカーに別離を告げた今、自分らしさを夜のダンベルに求めようと思っています。


それにしても、体調不良だと文章が変になるものだなぁ。

愛と誠

ネール元インド首相の娘への手紙
愛は平和ではない 愛は戦いである 武器のかわりが誠実(まこと)であるだけで それは地上における もっともはげしい きびしい みずからをすててかからねばならない戦いである― わが子よ この事を覚えておきなさい

なんちゃって。

今から30年以上前、週刊少年マガジンに「愛と誠」(梶原一騎 作・ながやす巧 画)という漫画が連載されていました。ネール元首相の文は、漫画およびテレビドラマの冒頭で引用されたものです。
不良青年・太賀誠に幼い頃に命を助けてもらったお嬢様・早乙女愛の純愛物語。
愛に心を寄せる優等生・岩清水弘の「早乙女愛、僕は君のためなら死ねる」という名セリフ。これはnintendo-DSのゲームにもなり(嘘です)、京都の岩清水八幡宮には、この墓標があります(真っ赤な嘘です)。
全編にわたり、暴力、流血、そして扱っているテーマが「愛」。厳格な家(笑)に育った私は、このような漫画を読んでいることを親に知られたくなかったので、こっそりコミックスを購入していました。
物語の進展に従い、早乙女愛のキャラが次第に壊れて行くことに笑いましたが、それでも誠への愛を貫く姿勢は感動ものでした。
少年マガジンでは、「巨人の星」や「あしたのジョー」の流れで「愛と誠」が連載されたのですが、これらを並べるべきではなくて、少年誌における純愛物の先駆けととらえるほうが良いのでしょう。



私は、平和主義者なので、小さい頃から暴力や流血は苦手でした。
私は小学生の頃、いじめに合っていた時がありました。
その時、教員って生徒以外の事で忙しいんだなぁってこと、いじめられるのは悲しかったので自分はいじめる方にはならない様にしたい、これらを感じたのです。
ある時、あまりにしつこくて、面倒くさかったので、私の膝を相手のみぞおちに入れたことがありました。以降、なぜかいじめは収まりましたが、一体なんだったんだろうと、終結に当たって得るものはありませんでした。
子どもの世界は、ある意味幼稚で、残酷で、訳のわからない面があるもののようです。

ブログの世界は暖かいものだと思います。
読んでくれる人がいて、記事を書くだけで自分の気持ちが整理できるし、コメントが付いたりしようものなら、自分の考えを更に発展させ、独りよがりではない普遍性に近づけることができます。

そして私が今、ブログを続ける最大の目的は、単身赴任で平日は離れている家族にメッセージを送ること。
受ける側の価値観で読んでもらえれば良いと思っています。

瀬を早み

今週のNHK連続テレビ小説の「ちりとてちん」。師匠に落語を再開してもらいたい一心から、かつての弟子たちを集めるヒロイン。そこで、何度となくでてきたのが落語の「崇徳院」でした。

瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ

(瀬の流れが速いので、岩に塞がれている急流がその岩に当たって割れるように、たとえあなたと別れても、水の流れが下流で再び行き合うように、将来はきっと逢おうと思っているのだ。)

落語の世界では、恋の病は命にかかわるようです。「瀬を早み」の上の句を残して去ったお嬢さんが忘れられず、寝込んだ若旦那の頼みにより捜索の旅に出る熊五郎。人の集まる場所で、「瀬を早み~」と叫び続け、最後はハッピーエンド?(笑)

崇徳院は悲劇の人であり、自分に落ち度がなくて何が何だかさっぱりわからないまま、ひどい仕打ちを受けたそうです。
崇徳院(1119~1164)
第75代天皇、鳥羽天皇の第一皇子、数えの5才で即位。 23歳の時、異母弟の近衛天皇が即位して上皇となります。近衛天皇崩御後は、鳥羽天皇の第四皇子 後白河天皇が立ち、保元元年(1156)鳥羽上皇崩御の間隙を縫って源為義・平忠平らを結集して蜂起(保元の乱)したが敗北し、讃岐に流されました。

崇徳院は讃岐に流された後、五部大乗経の写本作りに専念し、完成した写本を京の寺に収めてほしいと朝廷に差し出しますが、後白河法皇はこれを拒否しました。これに激しく怒った崇徳院は、自らの舌を噛み切って、その血で「我魔性となり王を奪って下民となし下民をとって王となし、この国に世々乱をなさん」と大乗経を書き、「この写経の功力を三悪道に投げ込み、その力をもって日本国の大魔縁とならん」と言って、その経を瀬戸内海に沈めて呪詛をしたと言います。そしてその後、爪も髪も切らずに、日々凄まじい形相になっていったとされています。この時のことは、「生きながら天狗になった崇徳上皇」と言われました。
その頃詠んだ歌

浜ちどり跡は都へかよへども身は松山に音(ね)をのみぞなく (崇徳院)

崇徳院の没後、京の都では大火や飢饉、暴虐等の凶事が連続し、その後の鎌倉幕府の成立、後鳥羽上皇の流刑等、崇徳院の祟りとされ、怨霊伝説となりました。
後の明治天皇は即位に際して使者を讃岐に送り、崇徳院の霊を京都へ帰還させて白峯神宮を創建したのです。

「とぞ思ふ」に 込めた想いのはかなさは また逢うときに拘りは消え (ぢぃ)

Re-encourage

本日、休憩コーナーで瞑想してた時、普段はあまり喋る機会の無い事務係長職のUさんが来たので話しかけました。

以下、Dは私、UはUさんの発言です。

D 「今夜、サッカーの試合するんだけど、どお?」
U 「あきまへん。体がもたない。」
D 「敵チームは強くて、おそらく苦戦を強いられる。」
U 「誰かミラクルな人がひとり、いればいいんじゃない?」
D 「努力がないところに奇跡はないと良く言われるね。」
U 「努力はしんどいなぁ。」
D 「99%の努力、そして+1%のひらめき。あ、エジソンの言葉だけど、天才のこと。」
U 「(何でエジソン?)」
D 「エジソンは、1%のひらめきがないと99%の努力は無駄と、正反対のことが言いたかったようだ。」
U 「ひらめきのためには、問題意識というか、ここを良くしたらもっと良くなるんじゃないかと考えながら暮らし、その感性を磨くためには努力が必要なのかもしれない。」
D 「努力のPDCAを回してスパイラルアップするんだね。」
U 「そうそう。それは誰にでもできること。」
D 「一般の主婦でも発明家として活躍している人もいるしね。」
U 「うん。料理だって、失敗した次に美味しいものができる。感性が成功を生むようだな。」
D 「ものごとをとらえるのに、広い視野を持つことと、引き出しをたくさん持つことがいいな。」
U 「私は、引き出しが少ないな。」
D 「私は以前、頭の中にいくつかの引き出しと一つの大きな金庫があった。ある日それらを流してしまって、金庫は重かったので捨てて置いたけど、引き出しはそこからまた集めた。」
U 「金庫は大事だね。」
D 「鍵がかかって開けられない金庫なので、ただの鉄くず。火災とか盗難だけに役に立つ。」
U 「中身はたいしたこと無いんだけどね。火災の時には持っていかなければならないし。」(注:Uさんは会社の金庫番です)
D 「火災の時は、重い金庫は運べないね。」
U 「引き出しは簡単に集められそうだね。私も集めてみよう。」
D 「いろんな価値観を受容することは、会社の決まった毎日の仕事には応用できないな。暇なのが最も良くない。」
U 「私も暇にしてるよ。」
D 「Uさんが暇なら、私なんて暇で暇で。暇だと余計なことばっかり考える。」
U 「そうだね。大人は暇だね。うちの息子なんて足を怪我した時、子どもはいろんなことで忙しいものだから、怪我のことなんてすぐ忘れている。」

Uさんがズボンの裾を捲って、お子さんの怪我した部位、右足内側をスパッとした時、私のスイッチが入った。
一つのことをくよくよしていても仕方がない。人間なんて、多くのことを同時に処理する生き物なんだから。

D 「そうなんだ。子どもは忙しいのでくよくよしないんだ。今日はUさんと話が出来て良かった。なんかすごく元気が出た。」
U 「えっ? 私?」
D 「そう。私は最近しばらく沈んでいたけれど、Uさんとの話でふっきれて、すごく勇気を得た。ありがとっ!」
U 「(ぽか~ん)」


昨日、のーさんのブログで、哲学をわかりやすい解説を添えた連載記事を読みました。管理人さんの迷惑も顧みずコメントを寄せたりして興味深く読んでいますが、第4回は~遍歴~についてでした。
今回はちょっとむづかしかったことと、私が少し沈んでいたことから、理解しづらかったのです。
例えば、
「自分のやってきたことが死によって無にならない為には、神や仏のような不滅の絶対者が必要になるが、それらは実態もないし、虚無から逃げる為に人間が作り出したまやかしにも見える。人が神や仏なしで人生に意味を見出して生きていくには、自分ではないものとの触れ合いやもみ合い、関わり合いがどうしても必要になるのだ。」
といった説明でした。
あまり理解できなかったのですが、頭の片隅に残っていたようです。今日のUさんとの会話で、私が受容と誠実の精神で、救いの言葉を見過ごさなかったことで、人間として一歩前進できたのではないかと。


前の日曜日、書店で加島祥造著の「求めない」という本を手に取りました。お買い求めにはなっていませんが。
詩集なのですが、全編にわたり「求めない」から始まるいろんな詩が書いてあって、テーマは、「求めない そうすると自分の中のいろいろなことが見えてくる」というものです。
買わなかったので、内容を詳しく書くことはできませんが、素直に感銘できました。今度、印税を納めようかと。


私は先日、偽善者の衣を剥いだのですが、サディストになってしまいました。
上司や同僚や、その他の人達に当たる当たる。(家族には当たってないどころか、幸せを貰ってます。)
仕事をしない人や、仕事の進め方が変な人に対して、Sの言葉百連発でした。これでは、友達も信用も無くすか、人によっては心配をかけてしまいます。
本日から、Sの仮面を取りました。まだ、偽善者のほうがましです。
人のことは気にしないし、気になりそうなときは、心の中で「気にしない」という呪文を唱えます。
おかげで、今日は自分の仕事がはかどりました。元気も戻りました。


「気にしない。求めない。干渉しない。」

この言葉を胸に、今日から私は生きて行く。

新車に乗って

クロ日産ノート。ルノーと共通プラットフォーム。

自宅から寮まで、3時間の夜間ドライブを楽しみました。
まず、バイキセノンヘッドランプ。いわゆるディスチャージヘッドランプ。これが、とっても明るいうえ、左側の歩道を照らしてくれます。右カーブで対向車のディスチャージが眩しいわけです。
プライバシーガラスは暗くて後ろが見にくく、デザイン上左後方視界は狭い。左ドアミラーで広い視界が確保されているので、ワイドミラーを付けている意味はありません。
走っていて、とっても静か。メーター見ないと、回転数がわかりません。
そして、ボディーの剛性が高い。首に伝わる変な振動が相当緩和されます。
ハンドル(標準品)は、径が小さくて遊びも少ないので、慣れるまではフラフラしました。平坦な直線で70~80km/h程度なら、普通に走れます。
ただし、ちょっとカーブを攻めるとアンダーステアが出ます。これで、タイヤの山がちびたら曲がれるかどうか。そして、電動パワステは15年前のトヨタ車のように、ドロンと曲がってくれます。軽すぎて、復元力も弱い。特に、速度が出てない場合は、CVTのセッティングで駆動軸に負荷がかからず、極めて気持ち悪い曲がり方をしてくれます。
ブレーキは、カックンブレーキ。最初、ほとんど効かなくて、ある程度踏むと強い制動力になってしまいます。これも、慣れるまで大変。
CVTは、省エネタイプ。平坦路70km/hで1,500rpmくらいしか回りません。前の車の5速で、2,000rpm程度でした。
ただし、加速時と上り坂では、必要トルク以上に回転数が高くなる設定となっています。これが、フィットやヴィッツに10モード燃費が及ばない理由か?
CVTには、高回転で攻めるためのスポーツモードのボタンが付いています。これを押すと、エンジンブレーキが効きますが、80km/hで4,000rpmくらい回ってくれます。でもおかげで、これまでと同様、ほとんどブレーキを踏まない運転が可能となります。

結論
走る車ではないが、フランス車の味付けを安価に楽しめる意味では、お買い得品だったかと思います。

続々・優先座席

阪急9000系日曜日、息子と「男の旅」に出ました。
中2の息子は、学校まで毎日片道40~50分を往復、歩いて通っています。おかげでとっても健康で、電車に乗っても席に座りません。
阪急電鉄に優先座席が設定され、携帯電話オフ車両も1両だけになりました。空いた車両で、親子2人で立ちながら鉄道話に花を咲かせていました。

京阪淀屋橋駅。
京阪はかつて、特急に2扉の8000系と3000系の車両を使用していましたが、10分間隔にダイヤが変更された時に、3扉車が特急の運用に入りました。
京阪3000系どうせ乗るのなら特急色の2扉車がいいので、12時10分の3扉特急を見送り、12時20分の2扉車を待ちました。
そこへ入線してきたのは、1編成だけのレア車両、3000系でした。
京阪3000系は、8000系導入時に多くが廃車や移譲(大井川鉄道や富山地鉄)されましたが、運用の段階で8000系車両の不足に気付き、かろうじて1編成の3000系が残ることとなったのです。
私も息子も、京阪で一番好きな車両。

京阪特急を樟葉で乗り換え、2駅の八幡市で下車。
男山ケーブル本日の行き先は、「男山」。岩清水八幡宮に、伏見稲荷の交通安全のお札を納めに参りました。
男山ケーブルに乗り、一路、山頂駅へ。
ケーブルカーは、2001年に更新された京阪8000系もどき。勾配長411m、最大勾配20.6%の道のりを2分30秒かけて登ります。

ケーブルを降り、しばらく歩いた所にあるのが「エジソン記念碑」。
エジソンは、白熱電球を発明しましたが、そのフィラメントの材料を世界各国から取り寄せ、実験の結果最適だったのが京都・男山の竹。それを記念して1934年に建立され、1984年に再建されたものが今の記念碑です。
エジソン記念碑碑には、「Genius is one percent inspiration and ninety-nine percent perspiration」の言葉が刻まれています。
フリー百科事典Wikipediaによれば、「天才は1%のひらめきと99%の努力」と訳され、本人の後日談によれば、実際は「1%のひらめきがなければ99%の努力は無駄である」との発言だったとのこと。
そして、京阪電鉄のパンフレットでは、「1%のひらめき」ではなくて「1%の才能」と書かれていて、私もそのように教わりました。
なお、@nifty翻訳にかけると、「天才は1パーセントのインスピレーションおよび99パーセントの発汗です。」と訳されました。なんか、成分分析みたいw。
岩清水八幡宮
そして、階段を昇って、岩清水八幡宮へ。宇佐神宮、鶴岡八幡宮と並ぶ日本三大八幡宮の一つ。859年創建。清和源氏の氏神であり、厄除けの神様としても広く信仰を集めているそうです。
七五三のお参りで、賑わっていました。
私は、3月のK神宮初詣のご利益が失せかけてきていたので、長いお参りをしました。息子もずっと手を合わせて付き合っていました。何をお祈りしていたのでしょうか。

優先座席帰路。
京阪2200系の先頭車両に乗りました。
途中の駅で、最前列の席に座っていた人が降車し、展望席が空きました。
私は、その席に座ろうとして、尻が座席の上30cmまで近づいた時に、その席の色の違いに気がつきました。
優先座席だったので、即座に立ち上がりました。その時のひとこと。
「おっと、もう少しで座ってしまうところだったぜぃ。」

黒い手帖

クロ本日、「ブラックノート」が納車されました。
車検証には私の名前が書いてあるので、「ですのぉと」と呼ばないでください。
今週月曜日には納車可能でしたが、私は遠いお国で仕事をしているので、土曜日にしてもらったのです。

早速周回道を走ってみましたが、始めて乗った低燃費CVTは最高でした。オートマはほぼ初めてなので、ディーラーのお兄さんに横に乗ってもらって、路上教習です。
車幅感覚はわかりません。
低回転のトルクが結構あってたいへん滑らかであったとともに、下り坂のエンジンブレーキがとても良くセットされています。足回りはやや固めでしたが、路面の細かい振動は殆んど拾いません。あとは、日曜日に寮へ向かう時に、回転性能と停止性能を確認したいと思います。評判は決して良くないので。

前の車で使っていたFMモジュレータ式のCDチェンジャーを付けようとして、CD一体ラジオを取り外したのですが、今のラジオはアンテナ入力端子がどこかわからなくて、諦めて、無かったことにしました。

でも、今の車はいい。大衆向けなのに、ブレーキ倍力装置、EBD(ブレーキ力配分装置)、可変バルブタイミング、オールアルミエンジン等、最先端の技術が安全と環境のために多く導入されています。

今週一週間の私は、いたって攻撃的でした。きつい口調で私に物申された被害者が約7人。私は、偽善者の衣を脱いだとたん、Sに目覚めてしまったのです。なにか、天国から地獄へ、楽園から戦場へ、北極から南極へ飛んだような。
でも、金曜日に家に帰って、迎える家族の顔を見て幸せを感じ、とても癒されたのです。

そして、本日の納車。これで、私の心は安定することでしょう。

短命デザイン週間

またまたブログデザインを変更してしまったのです。
これも遅いのかと思ったら、背後で月初のウイルススキャンが走っていたのでした。
スパイウエアが15個程検出されたので、めんどくさいので全部消しました。
中には有益なクッキーもあったかもしれませんが、ブログ更新通知等は必要に応じて、また仕込んでおいてください。

お気づきの方もいるかと思いますが、私は1~2週間の周期でテーマや課題を変えて、ブログでいろいろ遊んでいます。
今週は、「私の昔の友達を紹介します」と、「ブログデザイン変更」と、も一つは最後に種明かし。
ブログデザインも、あと1度ぐらい変更することでしょう。

「日記」のブログなのだから、素直に日々あったことを書けば良いものを、例えば、
先週は水、木と飲みに行ったとか、今週はめずらしく火曜日に飲みに行ったとか、来週は木曜日に飲みに行く予定を入れているとか、いずれもとっても楽しい時間を過ごしたとか、ちょっとけたくそ悪いことがあったとか、仕事が面白かったとか、会社で上司と喧嘩したとか、会社の女の子と久しぶりに喋ったとか、食堂のおばちゃんと喋って楽しい時を過ごしたとか、そのおばちゃんがT短大のK先生の奥様であるだとか、一年前に見かけた猫が同じ場所でひなたぼっこしてたとか、来週サッカーの試合をするとか、ちょっとご利益が失せてきたのでまた神様にお祈りに行きたいとか、土曜日に車が納車されるとか。
そのような、よしなしことを綴っていけば記事に困らないものを、天邪鬼なもので、ちょっと実験をしたり、ブログの可能性を見たりしてしまうのでした。

さて、恒例のお友だち紹介のコーナー。
学生時代は、同学年の友人の名は呼び捨てで呼んでました。不思議なことに、会社に入ってからは必ず「くん」とか「さん」を付けています。
とちらが親密度が高いというものではありませんが、なぜかそのようになっています。
私の大学時代の友人は、「僕は友だちのことを呼び捨てにはできなくて、必ず"くん"を付けて呼ぶようにしている。それだけ友だちのことを大切にしたいと思っているので、DILIくんのことも呼び捨てにはできない」と言ってました。なお、表記中"DILIくん"のところは、親から貰った本名が入ります。
彼は素晴らしい善人ですが、今日の話にオチはありません。

昨年の11月末から12月にかけて、日記形式の小説を、連日大量の文章でブログにアップしてましたが、作業が追いつかず一週間程度で閉鎖してしまいました。小説自体は引き続き執筆していて、年末にかけて完結したのですが、今年になってすべて処分しました。その内容も、全て忘れてしまいました。ただひとつ残っていたのが、小説を書くに当たって決めた「である調」の文体でした。
そして、その文体も本日、放棄することとしました。
これが、種明かし。

そして、昨年のブログ開設記念日のあたりの2~3日、当時のデザインを復活させようかなと思っています。
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関西在住。平日は北陸方面で単身赴任中。
息子は、父の影響で大の鉄道好き。
用事が無くても電車に乗る。

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