スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

月光

映画ドラえもん のび太の新魔界大冒険(2007)
YouTube : エンディング曲

地上波テレビで放送された時は、最初の和音だけのイントロ当てクイズ状態で、歌の部分は全てカットされていました。
筋書きは、のび太様御一行が魔界で魔王をやっつけるというものです。
ちょっと、端折りすぎましたw
魔族の魔法の力は、月の光で弱まるそうで。

満月美夜子 (声:相武紗季ちゃんw)
魔族の魔法により猫の姿に変えられ、月の光を浴びている間のみ人間に戻れるのです。


今月の満月は15日でした。
私は月の光を浴びると、野性が少し・・・
満月および前後1日の夜は、なにか、胸が熱くなるような感覚に襲われます。
昨夜がちょっと酷くて。
なんか、初めて運動会の借り物競走に出たときのようなFeelingでした。

月の光も弱まり、今夜はだいじょ~ぶだと思うのですww
スポンサーサイト

寺に行ったw

ライブ

本日、昼食を自宅で済ませた後、早い目に家を出ました。
到着したのは、いつもの単身赴任先。
いくつかのイベントが目白押しだったのですが、最終的に選んだのがお寺のライブ。
参入が遅れてしまったのですが、行って良かったw

洋の東西やジャンルを問わず、音楽って素晴らしいです。
夏の終わりの満天の星が、祝福していました。

最終日:神々の黄昏

指環をラインの乙女たちに返せ それによって神と世とは呪いから解かれるのだ(ウォータン)
・・・

神々の王ウォータンの娘ブリュンヒルデは、周囲を炎に囲まれた岩山で、唯一人炎の壁を越えることができる半神半人の夫のジークフリートと暮らしていました。
指には、夫からの愛の証である指環を付けて。

神を好ましく思っていない侏儒族の末裔のハーゲンは、ジークフリートからブリュンヒルデと権力の指環を奪おうと策略したのです。
ハーゲンは、ジークフリートにブリュンヒルデのことを薬により忘れさせ、ハーゲンの従妹のグートルーネに惚れさせたうえで、従弟のグンターに変装したジークフリートに岩山の炎を超えてブリュンヒルデを拉致させ、ブリュンヒルデとグンターを結婚させたのでした。
騙されたことを知るとブリュンヒルデは激昂するのですが、またもハーゲンの策略にかかり、不死身のジークフリートを倒すには、背中を槍で一突きにすれば良いことを彼に教えてしまうのです。
狩猟が終わり酒宴が始まり、ハーゲンは上機嫌で語るジークフリートを油断させ、槍で彼の背中を突き刺しました。語りの最後で忘れ薬により失われていた記憶が蘇ったジークフリートは、ブリュンヒルデへの愛を歌い、息絶えるのです。

終幕部、ブリュンヒルデはラインの岸に木の枝を高く積み上げさせ、ジークフリートの遺体をその上に運び上げました。彼女は、松明で積薪に火をつけ、天馬グラーネを駆けて燃えさかる炎のなかにその身を投じたのです。
紅蓮の炎は館を燃やしつくして静まり、その後、ラインの水が奔流となって押し寄せ、すべてのものを包みました。
一方、天上では炎がウォータンの住むワルハラ城に燃え移り、城は炎上します。
神々の姿は、すぐに見えなくなったのです。

--------------------------------

シリーズ最終回ということで安直に「神々の黄昏」を選んだのですが、この歌劇、あまり単独で上演されることはありません。
これ単独のあらすじも、読んで理解するように書くのは不可能なのです。

ワーグナーは、北欧に伝わる神話に基づき、序夜「ラインの黄金」、第一日「ワルキューレ」、第二日「ジークフリート」、第三日「神々の黄昏」から成る超大作「ニーベルンクの指環」を作曲しました。
ドイツ・バイロイト音楽祭で4夜をかけてほぼ毎年演奏される「指環」、以前、NHK-FMで放送されたものを録音したら、解説等の部分を省いて120分カセットテープ7本になりました。
「神々の黄昏」だけで4時間の大作ですが、機会があれば聴いてみてください。

ここでは、指環は無限の権力の象徴とされています。
ラインの川底の黄金を護る妖精が「愛の力を断念したものだけが、黄金から指環を作ることができる」と漏らしてしまったことから、物語は始まります。
たった一つの指環をめぐって、神、妖精、巨人族、侏儒族、人間族、これらが自己矛盾・自己憐憫・自己反復・自己破壊の渦巻く世界を繰り広げ、愛に気づき、そして、死を迎えます。
神の城は炎上し、指環は火によって清められてラインの水底に還るのですが、円環には始めも終わりもなく、歴史は廻り続けるのです。


指環は、恐れを知らぬ若者ジークフリートが大蛇を倒した時に手に入れ、ブリュンヒルデに渡したものです。
ブリュンヒルデの危機の時には、指環は助けてくれませんでした。

私は、「権力を得ることのできる指環」を手にしたら、一体どうするのでしょうか。
少なくとも、権力を手に入れるために愛を捨てなければならないのであれば、そんな権力は要りません。
どうも、私には支配欲や名誉欲というものは欠如しているような気がします。
金銭欲だって、一億円手に入ったらうろたえるだけでしょう。

私の子どもの頃の物欲、
駄菓子屋で買い食いをしたかったり、なぞなぞの本だったり、百恵ちゃんのレコードだったり。
手に入れたところで、次はもっとすごいものが欲しくなることの無いようなものばかりで。
小さい頃、小遣いの大半をプラモデルに費やしたり、給料を貰うようになったら、一時期鉄道模型を大人買いしたり。
鉄道模型は今、息子が楽しんでいるので良かったのですが。
自分の感性を信じていないので、自分に対する欲求はほとんどありません。

かと言って、仙人のように霞を食って生きているのかと言えば、全くそうではありません。

自分が元気で幸せでいることを伝えるのが世界平和に寄与するのであれば、伝えることに貪欲でありたいと思うのですが、
度を過ぎると過干渉になるので、基本、無欲でありたいと思っているのです。


このシリーズの参考文献 :
芸術現代社,オペラ全集-音楽現代 名曲解説シリーズ-(1979)

蝶々夫人

プッチーニ作曲の歌劇(全二幕)。

長崎の山手、新しく借りた築999年の小さな家で花嫁の蝶々さん(15)を迎える米国海軍士官ピンカートン。
親戚は皆怒って帰ったドタバタの結婚式を終え、二人は星空の下で愛の二重唱を歌い、一幕が終わります。
その三年後、召使いのスズキと、ピンカートンが発ってから生まれた青い眼の坊やとともに、蝶々夫人はピンカートンの帰りを待ち続けていました。
その時、港から砲声が鳴り響き、ピンカートンの乗った船の入港を告げます。
蝶々さんは思い出の婚礼衣装で正装し、障子に穴を開けて外を窺いつつピンカートンの帰りを待ち続けますが、その夜、彼は帰ってくることはありませんでした。
次の日の朝、庭にピンカートンと妻のケートが現れました。蝶々さんの子どもを引き取りたいと希望して来たのです。
ピンカートンはスズキから、蝶々さんは部屋を花で飾り、寝もやらず待ちあかしたことを知らされるとともに、部屋に飾ってある自分の写真を見て後悔の念にかられ、「愛の家よ、さようなら」と歌い足早に去っていったのでした。
目覚めた蝶々さんは、ピンカートンは逢いに来ないことがわかり、ケートがピンカートンの妻であることを知って、かわいい子どもまで取り上げられるのかと絶望しました。
蝶々さんは部屋にひとりになり、父の遺品の短刀の鞘を払い、恥に生きるよりは名誉をもって死ねと書かれた銘を読むのです。
異変を感じて子どもが駆け込んでくるのですが、「かわいい坊や、おかあさんは死んでゆくけれども、顔をよく覚えておいて」と歌います。
そして、子どもに目隠しをしてアメリカの旗を持たせ、屏風の陰で自刃したのでした。

--------------------------------

プッチーニの「蝶々夫人」、私の最も好きな歌劇です。
中でも、一幕最後の愛の二重唱が大好きです。
これさえあれば、他に何も無くても地球は回ります。

私の両親は、若い頃、某歌劇団の合唱隊で知り合い、結婚しました。
「蝶々夫人」のコーラスもしたようです。
何年か前、母が私の家に遊びに来ました。
私は、レーザーディスクで「蝶々夫人」を再生し、一緒にそれを観ていました。
すると、突然、母が涙を流し始めたのです。
「昔は仲が良かったのに」って。
でも、男の私から見れば、父は母だけを愛し続けていることがよくわかるのです。
男女の感覚の違いって、むづかしいものです。
互いに引かれ合うということは、二人の間の赤い糸が弱ければ、どんどん距離ができてしまうということなのでしょうか。
世の奥さま達、ご主人のことを愛してあげてくださいね。

人から聞いた話なのですが(笑)、デートに行ったら「どうして私を誘ってくれたの?」と、聞いてくる女の子が多いそうです。
私は、女性にそんなこと、怖くて聞けません。

夕鶴

團 伊玖磨(だん いくま)作曲の日本語による歌劇。

「私はかつて、傷ついた鶴を助けたことがある」(与ひょう)

この物語、あまりにも哀しいことと、皆様がよくご存知の「鶴の恩返し」ですので、あらすじについては省略させていただきます。
失ってしまったものは、もう戻ることはなく、立ちつくすしかありません。

--------------------------------

自らの身を削ってまで恩返しをするという物語、古今東西にたくさん存在しています。
日本が誇る世界のヒーロー、アンパンマン。泣いている子がいれば、「ぼくの顔をお食べw」と言って食べさせては、「顔が欠けてて力が出ないよぉ~」という、強いんだか弱いんだかw。
私も以前、ブログの中で恩返しを題材として創作を書いたことがあります。
助けたカメに連れられて竜宮城へ・・・あれっ?

歌劇「夕鶴」は、私の高校時代に、音楽の授業で何回かに分けて全曲を聴かせてもらったものです。
音楽の先生、趣味を仕事にしたような人で、目を輝かせて音楽の素晴らしさを語ってくれる、私はそのような時間が好きでした。
早弁の時間の次にw

歌劇の全編に流れる「わらべ唄」、「つう」は標準語を話し、それ以外の登場人物は お国訛りが入っていて、懐かしいけれど不思議な、美しい幻想の世界に浸っていました。

日本人作曲家による歌劇は、山田耕筰の「黒船」、清水脩の「修善寺物語」などがありますが、「夕鶴」は最も有名で、良く上演され、人気も高いものです。
外国でも良く上演されるのですが、最大の難点は、著名な外国人歌手には日本語が難しすぎることです。
また、ワーグナーなどのドイツ語もそうなのですが、日本語の歌詞って、聴いていてあまり美しいものではなくて。
やはり、歌劇はモーツァルトの多くの作品や、ヴェルディ、プッチーニなどのイタリア語によるものがいいと思うのです。
言葉の意味はわかりませんが、右脳には心地良くてw。

タンホイザー

ワーグナー作曲の歌劇(全三幕)、1843年初演。

自分の持つ枯木の杖に緑の葉が生えぬ限り、お前は救われない(ローマ教皇)

ミンネゼンガー(恋愛詩人)のタンホイザーは、ヴァルトブルグ領主の娘エリザベートとの清い愛があったにもかかわらず、長い間、妖艶な女神ヴェーヌスの虜となっていたのです。ある日、タンホイザーはヴェーヌスの膝枕で故郷の鐘の音を聞いた思いがし、引き止めるヴェーヌスを振りほどき、故郷のヴァルトブルグに帰ったのです。
ヴァルトブルグ城内で歌合戦が開催されたのですが、愛を讃える歌の応酬で興奮し恍惚となったタンホイザーは、官能の女神ヴェーヌスを讃えてしまったのです。
騎士たちは激昂して剣を抜いたのですが、エリザベートは罪をあがなわさせるべきと嘆願し、領主はタンホイザーをローマに行かせて教皇の許しを得るとしてその場を収めたのです。
エリザベートは毎夜タンホイザーの赦免をお祈りし、果てにはマリアさまに恋人の罪が救われるのであれば自分の命を捨ててもいいと願ったのです。
時は過ぎ、タンホイザーは、ローマ教皇には許してもらうことができず、消沈して女神ヴェーヌスの許へ向かおうとしていたのでした。
そこに、エリザベートの亡骸を運ぶ葬儀の列が通りかかります。
ついで、若き巡礼たちの一行が、緑の葉の生えた杖をささげてやってきました。
タンホイザーは、エリザベートの犠牲死によってその罪が許されたのです。

YouTube;(注)音でかいw

--------------------------------

モーツァルトの、同じ旋律/同じ歌詞を何度も繰り返すクラシック音楽に親しんできた私に、ワーグナーの宝石箱のようなチャラチャラした音楽は新鮮でした。
私って、ケバいの大好き?

私は小学生の頃、両親の指導する少年少女合唱団に所属していました。
曲はいつも母が選んでくるのですが、なんたら唱歌のようにぱっとしない曲ばかりでした。
当時、西日本の連盟には近畿、北陸、中国、四国の団体が加盟していたのですが、その中で、北陸のK沢少年合唱団は、タンホイザー第二幕の歌合戦の最初に歌われる「入場行進曲」を持ち歌としていました。
かっこよくて、憧れでした。

で、本日の記事のテーマは、「愛、および、意志の弱さ」です。
歌劇「タンホイザー」の歌合戦。
歌の課題は「愛」の本質を述べることで、優勝者にはエリザベートから望むものを与えられるというもの。

一番、〔エリザベートに密かに思いを寄せるヴォルフラム〕「愛とは清らかな泉であり、恥知らぬ情欲で汚してはならないものだ♪」
二番、〔タンホイザー〕「泉を欲求することと、その泉で乾きを癒す歓楽こそ愛である♪」
三番、〔出番はここだけのビーテルロフ〕「清らかな愛こそ騎士に武器を与えるもの♪」
四番、〔興奮したタンホイザー〕「君には愛の享楽の何たるかがわかっていない!♪」
五番、〔冷静でいたいヴォルフラム〕「高徳の愛を讃える♪」
六番、〔恍惚となったタンホイザー〕「女神ヴェーヌスを讃える!!♪」

さて、あなたは何番?
私は、一番かな(笑)

かっこ笑いの意味は謎ですが、私は、結構気が短いところがあって。
先に口を割ってしまって自爆スイッチボンッみたいなw
前の職場でも、上司と罵り合いの議論ばかりで、場が盛り上がってくれば相手の発言を遮ってまで発言してしまうのです。
でも、お互い良い仕事をするために必要な意見交換で、取っ組み合いになったとしても次の日には仕事を進めるために対話をしなければならず、前日のことで関係が終わることは無いからなのです。
これが、仕事以外の相手の場合は、それで終わってしまうのが嫌なので、忌憚のない発言はできません。
言い訳も好きじゃないので、いつも独り言い訳。
多分、欲望が目の前に現れたら浸りきってしまう、私は意志の弱い人間なのです。

哲学の勉強にしたって、いつまでもちゅーとはんぱにプラトンの途中でw
これが、ヘーゲルやキルケゴールに及ぶことがあれば、アインシュタインやモーツァルトの世界が開けると思うのですけど・・・


歌劇中のヴォルフラムは、エリザベートがタンホイザーを一途に想う姿を見て、「夕星の歌」を歌います。
死の予感のようにくらやみが山や谷をおおいはじめ、夜の不安が訪れてくるとき、空に優しく輝く星が、エリザベートの道を照らしてくれるように、と。
最後のシーン、ヴォルフラムは「聖なるエリザベートよ! 我が為に乞え!」と、彼女の亡骸の傍らに倒れ、こと切れるのです。

ドン・ジョバンニ

15~16世紀のヨーロッパに伝わるドン・ファン伝説を題材としたモーツァルトの歌劇(全二幕)。
放蕩を極める若い騎士ドン・ジョバンニは、忍び込んでいたドンナ・アンナの部屋から帰る際、アンナは、彼の手をしっかりつかんで、「もう、離さない」と叫ぶのです。ドン・ジョバンニは彼女の手を振りほどくのですが、騒ぎを聞いて駆け付けたアンナの父親の騎士長ともみ合いになり、騎士長を剣で殺してしまうのです。
その後も、ドン・ジョバンニの悪癖は、治ることはなく、エスカレートするばかり。
ある日の夜、ドン・ジョバンニは、騎士長の像の建つ墓地で、召使いにその日の成果を披露していたのですが、
「その笑いも夜明け前に消えるだろう」と、声が響いたのです。
騎士長の石像の墓碑銘の復讐の意を読んだドン・ジョバンニは、面白がって今夜の晩餐に石像を招待したところ、石造はうなずき、「行く」と答えました。
その夜の晩餐で、騎士長の石像が現れ、
「天国の食事をする者は、地上の食事をとらない」と言い、逆にドン・ジョバンニを招待したのです。
石像に手を掴まれたドン・ジョバンニは、振り払うこともできず、悔い改めないと叫び、そのまま地獄の炎の中に消えたのです。
最終場では、ひどい目にあわされ続けていた人々が、ニ長調で未来を明るく語り合うというもの。

--------------------------------

小さいころの記憶について、標準的な人は、幼稚園児ぐらいになるとある程度連続性を持つことになるようですが、私の場合、小学校低学年までの記憶はかなり断片的なのです。
数少なく覚えている幼児記憶のうちのひとつ、「ドン・ジョバンニ」は、私が幼稚園児の頃に初めて生で観た歌劇でした。
大阪・Fェスティバルホールの一階席最後列のあたりで。
両親に連れられ、私はずっと静かに聴いていたのですが、舞台でドン・ジョバンニが「ワッ・ハッ・ハッ!」と高笑いしたとき、幼稚園児の私は「ワッ・ハッ・ハッ!」と叫んだのです。
周囲の失笑を買いました。

両親は、私に将来の声楽家の片鱗を見たようなのですが、私の笑いは夜明け前に消えました。
第二幕第十一場(月明かりの墓地)までの記憶しか無い私に、ドン・ジョバンニの放蕩な生きざまが刷り込まれたのです。
人格を軽視することに対する嫌悪よりも、自分本位であることに対する憧れが。

私は、かなり自己中心主義でここまで生きてきています。
そのせいか、周囲に事件が勃発することがあります。
事態を収拾する能力に欠けているので、いつも誰かに助けてもらっています。
一人で夜明け前を迎えるのはあまり好きではありませんが、仕方がないぞ、単身赴任w。

さて、幼児体験から二十年余が経ったある日、とある歌劇団の日本引っ越し公演があり、Fェスティバルホールの特等席に両親を招待しました。
演目は、「ドン・ジョバンニ」。

この歌劇、なかなか思い出深いものがあります。

白いジャスミン

8月21日の海

先週、お盆が終わった途端に海は荒れ、朝晩めっきり涼しくなり、海水浴客は姿を消しました。
今日は、くらげが大量発生していました。
塩クラゲを肴に、薩摩白波を飲みたくなる季節がやって来ました。
なお、本日をもちまして私の背中の痛みは全快しました。何だったのでしょう?


昨夜で熱い北京オリンピックが幕を閉じました。
閉会式では、なんて懐かしい、ドミンゴおじさんが熱唱していました。
かつて、全く声が出ていない時期があって、3大テナーのなかで最も短命だったのかと思ったりしたのですが、ま、あれだけエコーを効かせればそれなりに、でした。
歌っていた曲名、『愛の炎』とされていましたが、あれはオリンピックで表彰式のときにいつも流れていた『茉莉花(まつりか;ジャスミンのこと)』だったのでしょうか?
茉莉花は、プッチーニのオペラ『トゥーランドット』のテーマにもなった、中国の民謡です。

「庭中に咲いたどの花も その美しさにはかなわない
一つとって飾りたいけれど 来年芽が出なくなってしまったらどうしましょう 」

ローカルニュース

昨日、朝のテレビの星占いのコーナー、牡羊座は最下位でした。
大人しくしようと思っていたのに・・・

金曜日は、自宅に帰る日です。仕事を終えて寮に戻り、着替えて車で出発するところなのですが、この日はテレビを点けました。
某放送協会、18:10からのローカル番組。
番組がしばらく進んだワンシーンで、画面右半分を私の上半身が占めていました。
最近のハイビジョンカメラは鮮明で、顔にモザイクや目線もありませんでした。
県内のお茶の間の家族団欒を、DILIの顔で汚してしまいました。

自分としては写りたくなかったし、他にもっとテレビ映えする人が居るでしょうし、こっそり生きているのに。
編集でカットすべきなのに。

自分の力の及ばない所で、事態が思わぬ方向に進んで行ってしまうことがあります。
出てしまったものに対しては、消すことも言い訳もできません。

でも、テレビを見た人が何か声をかけてくれたり、今まで私を知らなかった人が私の存在を知ったり、話のネタになったり。
良く考えてみたらそんなに恥ずかしがることもないので、早速、家に帰って家族に自慢してしまいました。


私は小学生だった頃、テレビに出ました。
少年少女合唱団に所属していた私は、番組オープニングのバックコーラスなどをしたことがあったのです。
昔の超人気番組、最高視聴率で39.7%を叩き出した「日清ちびっこのどじまん」。
チャンピオン大会のオープニングを終えて舞台袖に引き上げようとする私の顔が、司会の大村昆ちゃんの背後で鮮明に全国に放映されたのです。
もう、子どもに何をさせるのかと(笑)
出演料は、「出前一丁」と、「日清焼そば」、各5袋入りだったと思います。
チャンピオン大会だけあって、太っ腹でしたw

あんたぁ

ヨーコって名前を聞いて、あの、軍需商社の「山田洋行」を思い出したのは私だけでしょうか。

今週になって、3回ほど当ブログを賑わせた、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」の苦しい替え歌。
阿木燿子さん作詞、宇崎竜童さん作曲の昭和歌謡です。
けっこう流行っていた曲なのですが、「アンタ」とか、「アタイ」とか、トヨタ・セルシオのアームレストを頭に乗っけたような若者のことばが、好きになれませんでした。
そのような私が、「壁紙その1~3」の記事で、何故「アンタ」を頻発したのでしょう?
今日の記事において、その理由が明らかになります。


先週末、のーさんのブログにおいて、「アンタ」や「オマエ」と呼ばれたり、呼び捨てにされたりすることが嫌だっていう記事がありました。
実のところ、私も日常生活において同じようなこだわりを持っています。
社外の人との会話で、同僚に敬称を付けないことでさえ、暫く慣れることができませんでした。自分の子どもに対しても、呼び捨てにできません。
会社では幸いなことに、「○○さん」とか「○○くん」って呼ばれています。

私が大学2年生の頃。
のちに私の妻となるガールフレンドの友達に、面白い子がいました。
寺山修司氏の詩歌にヒントを得て、あるフレーズを作曲したのです。
↓こんな曲でしたw。

K子ちゃんのテーマ

どうですっ?
そこはかとなく寺山修司っ(笑)

・・・・

如何でしたか?
これが、壁紙シリーズ記事の誕生秘話ですw。

アンタとか、アイツとか、書くのしんどかったんですけど。

今日の記事が、TB2号。
サンダーバード3号は、あなたのところへ飛んで行くかもしれませんw。

her secret

今年4月の上旬、私は、阪急梅田駅構内で、いくつもの『秘密』を見つけました。
10本ある発着ホーム上の天井から、aikoの新アルバムの顔写真入り大ポスターが、何本も下がっていました。
『三国駅』が発売された時よりも、大々的なものでした。

買っちゃいましたよw。
8th New Album『秘密』

この年になって、恋の歌なんてあったものではありません。


私は、右脳人間です。
言語や言葉の認識能力に乏しく、考え方も論理的ではありません。
音楽の場合、楽曲はメロディーで感じて、旋律によって好きな曲があるのですが、歌詞は聴こえることがなく、その内容を理解し歌詞に感情を移入することはあまりありません。

私は小さい頃、ヤマハ音楽教室のような所に通っていました。
小学校1年生の頃から、児童合唱団に所属していました。そこは、声変わりまで続けました。
楽器を演奏することはできませんが、音への感性や音感が養われ、楽譜があれば初見で歌を歌うことができます。
クラシック音楽を聴いていても、作曲者の意図しようとしているところをいろいろと考えるという、変な楽しみ方をしています。

大学では混声合唱サークルに入りました。
人間は、高音は訓練によって出るようになるのですが、低い声はそうではないようです。私は骨格的にはバリトンなのですが、高音を伸ばすためにテノールに所属しました。
ところが、発声に無理のあった私は、1年の時に声帯を痛めたのでした。

入社し、会社のグリークラブに入りました。
そこでは、私の音楽耳は耐えることができませんでした。
高田三郎も、モーツアルトも、黒人霊歌も、宗教曲も、何を歌っても、周囲は演歌でした。
若い頃は、2~3回も練習すれば暗譜で歌えるようになったものです。
ステージに出ることはあっても、練習にはあまり出ないようになりました。

これらの後遺症により、歌詞カードが無いと歌えないくせに、こいのうたでさえダミ声でコブシを回してしまうという私のスタイルができてしまったのです。


大学のサークルでは、合宿なんかもやって、そこでは「歌詞研」もしていました。
通常は指揮者の歌詞に対する想いから、聴衆に何を訴えるかについて議論をするのですが、そこでは各人が歌詞に感じるところを述べ、最終的に共通の認識を持つことを目的としています。

aiko『秘密』(うたまっぷ歌詞)

『秘密』というタイトルの歌は多くのミュージシャンが発表していますが、そのほとんどは「2人だけの秘密」についてのものです。
aikoの『秘密』のように、「だれにも言ってないあたしの秘密」。
この歌で、この部分が、あまりにも漠然としていて私には何も想起することができませんでした。


二階のベランダから見た庭のハナミズキ、満開です。

空を押し上げて

一青窈の「ハナミズキ」。
この曲、花言葉の「返礼」をテーマとして、恋の歌でもあり世界平和を望む歌でもあります。
これは私の好きな曲のひとつなのですが、私の左脳は機能していないので、あくまでもメロディーが好きな曲なのです。
そして、この歌を歌うとき、昔これを聞いた時に感じたことやその時の自分を思い出し、その感情を歌に込めるのです。

将来、aikoの『秘密』を聞く時、私の右脳は今を懐かしむに違いありません。

今夜無人入眠

誰も寝てはならぬ(Nessun Dorma)
プッチーニ作曲のイタリア歌劇「トゥーランドット」の中の名曲。
私の携帯の、着うたである。歌うのは、ルチアーノ・パヴァロッティ。
急に鳴ると恥かしいので、振動モードにしてある。

そのパヴァロッティ氏(71)が6日、モデナの自宅で腎不全により亡くなった。

1935年、イタリア エミリア-ロマーニャ州 モデナに生まれる。プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスと並び、世界三大テノールと称された。
20年程前、3人の中で一番泥臭い歌い方で、イタリアの香りが漂っていた。
十数年前は、老齢化した3人の中で一番声に張りがあり、以前よりもテノールらしくなっていた。
氏が65歳の時、3人の中で一番早く引退を表明した。
彼の記憶が皆から抜けないうちに、カムバックした。
その後、他の2人は声楽家としては少し辛いと感じるなか、彼一人が全盛期を更新し続けていた。
昨年のイタリア トリノ五輪では、開会式に「誰も寝てはならぬ」を熱唱した。荒川静香選手は、同じ曲で金メダルを取った。

YouTubeで検索したがhitしなかったので、ニコニコ動画で字幕とともに氏を偲んだ。
トリノ五輪の動画を鑑賞したが、私の着うたよりも1音下げて歌っていることに気付いた。
高音の伸びは一級品であるが、低音域に力が無く、少し哀しさを覚えた。

YouTubeは、"Pavarotti" で検索したら、結構あった(9/7追)〕
〔SchubertのAve Mariaは秀逸〕
〔彼がハンカチをひらひらさせるのは腹の肉を隠すためで、楽譜を持つのは楽譜が読めないためとされている〕

公式ホームページは、氏の笑っている写真が1枚だけであった。メッセージをここに転記しておこう。

I think a life in music is a life beautifully spent and this is what I have devoted my life to.
Luciano Pavarotti (1935-2007)
Blog Ranking
短歌フリーペーパー『うたらば』
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
FC2カウンター
キリ番報告
40000キリ番の方→こちら
最近のエントリ
最近のコメント
カテゴリー
最近のトラックバック
リンク
World-Word-翻訳
英語English
韓国語 한국어
中国語 中文
フランス語 Franc,ais
ドイツ語 Deutsch
Present's by サンエタ
月別アーカイブ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

DILI

Author:DILI
関西在住。平日は北陸方面で単身赴任中。
息子は、父の影響で大の鉄道好き。
用事が無くても電車に乗る。

ブログ内検索
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。