「025:氷」(TB〜168)。
025氷 (惠無) (
なんでもない一日)
なぜそれが氷屋さんかわからずにひっくり返した三輪車
とても懐かしい匂いのする歌です。
子どもの頃特有の、自分の知識の浅いことからくるいたいけな残酷さ。
ひっくり返されたほうはおそらく覚えていないはずなのに、あのときの三輪車はかき氷機に見立てられていたことに気付いた時の、ひっくり返したほうにいつまでも漠然と残る後悔の念。
おとなになってふと思い出す、あの時の子はどうしているだろうという感覚と、自分は優しくなかったという想い。
人は、辛かったことを経験したとき、それらにちゃんと向き合い反省すれば、人に優しくできるようになります。
人のせいにしないこと。人を恨まないこと。
この積み重ねが自らに幸せをもたらすと、私は信じています。
〜もうひとつの昭和風解釈〜
昭和40年代のころ街中には氷屋さんがあり、大きい氷をのこぎりでカットし、オート三輪の荷台に積んで配達するという光景がありました。
そのようなことから、ダイハツミゼットなどのオート三輪には、氷屋さんのイメージがあります。
その子は三輪車の後部に小さい箱を置いて氷に見立て、氷屋さんごっこをしていました。
でもわたしには、三輪車が氷を積んだオート三輪とはつながりませんでした。
仲良く遊んでいたのに、遊びが理解できなかったわたしは三輪車をひっくり返しました。
そのような子どもがそのまま大人になると、星一徹の称号が授けられますw
なお、オート三輪は よく横転したと言われ、この遊びは力学的には正しいのですw
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Categorie:題詠blog2009鑑賞